第24話 太古の術士、その名を見たり

 ――ドアの向こうには真っ黒に変色したベッドと、その上に寝ている何かがあった。


「えっ、なにこれ。コレが死体?」

「ああ、彗星族って確か死体が宝石になるんだっけな。だがオレ達は違う。真人間同様、時間がたつと肉が腐り落ちやがて骨だけになる。自覚を持てないだろうが、ベッドの上に乗っかってるそれはアンタの体内に入ってるのと同じ物だぜ」

「そうなんだ。というより、貴方はコレを見慣れてるの?」

「つい半年前に勉強から解放され、自由の身になった後にここへは何度も訪れたさ。お前は朽ち果ててそこから動けないが、オレは自由に動けるぞ、ざまあみろって言いにな」

「それで気は晴れた?」

「足りないさ。奴からはもっと大切な何かを奪ってやりたい。例えば、権力とかな」

「あれ、権力なんか要らないって言ってなかったっけ?」

「受け取るのは嫌だ。だが奪い取るのであれば、気晴らしになるから悪くないってだけの事」

「気持ちの問題ね。分かった、じゃあ今すぐ彼女から名前と権力を奪っちゃおうか!」

 私はベッドから一番大きな丸い骨を拾い上げ、目があったであろう大きな穴を覗く。

「死体から名前を読み取れるのか?」

「わからない。でも、私の持つ名前読みの魔法には謎がある。それに向き合って、魔法の詳細を解析できれば或いは……」


 刹那、微かにノイズだらけの映像が脳内に映し出される。恐らくこの魔法は「相手の目を見る」事で発動する魔法だ。しかし相手がそう思ってなかったり、今みたいに眼球そのものがなかったとしても、「目があった」と私が納得していればそれで良いのだ。


 さらに、この魔法が名前という回答を導き出すまでの仕組みもわかった。どうやら高速で本人の過去を遡り、自分や他者の発言から本名と思わしき単語を抜粋して記憶するという方式を取っているらしい。この手順は本来一瞬で終わるはずだが、彼女の生きた歴史があまりに長く、かつ本名の発言がいつまでも見つからないせいでかなりの時間を要している。


 しかしこの魔法は長々と使い続けるように設計されていないらしく、時間が経つにつれ強烈な身体負荷と激しい魔力消費で身体が悲鳴を上げ始める。


 目からは血が流れ、腕の至る所で血管が破裂する感覚を覚える。痛みで骨を握る手に力が入りそうになるが、握り潰してしまわないように必死に堪える。


「回復が間に合わない! このままじゃ――」

「弱音を吐かない! 私は必ずやり遂げる、信じて!」

「……わかった」


 彼の返事を聞いた次の瞬間、過去の参照が終わって映像が途切れる。様々な負荷から解き放たれた私は地面に倒れ込むが、彼が咄嗟に頭を右手で受け止めたことで事なきを得た。


「母親の名前はエトワール・ロゴス。しかし彼女、凄い長生きしてたなあ……三百年ぐらい過去を遡った気がする」

「だろうな。お袋は生まれつき重度の不妊症を患っていて、子を作るためだけに不老薬を作って三百年以上生きたんだ。その歴史がアンタを苦しめてしまうとは、本当に申し訳ない」

「私のことは気にしなくて良い、辛い目に遭うのは慣れてるから。それより、もしさっき言った事が本当なら、タイガはお母さんにありがとうって言わなくちゃいけないよ」

「イヤだよ、オレはアイツのせいで――」

「苦しい思いをした、それはわかるんだ。でも彼女は血の滲むような努力を、途方もない期間し続けた末に貴方を産んだ。大勢の民を率いる指導者になるなら、「それはそれとして」って言えるようにならないと」

「……そうだな。功績と失態、それらを分けて考えられなきゃ指導者失格だ」


 タイガはそっと私の頭を地面に置き、立ち上がって地面から頭蓋骨を拾い上げる。そこかしこについた汚れをみて、彼は懐からハンカチを取り出して拭き始める。


「ありがとう、お袋。オレは今まで自分の事しか考えてなかったが……いい加減、大人になろうと思う。そう思わせてくれたのは、スイを通じてアンタの過去を思い返したお陰だ。危うくオレは、人の道を外れたまま族長になる所だった。アンタとスイには感謝してもしきれない」

「タイガ……」

「だがそれはそれとして、アンタがオレに過酷な運命を背負わせたのは一生引きずるぞ! オレはアンタが成せなかった偉業を成し、アンタがたどり着けなかった新しい魔法の境地に到達する! それこそがアンタへ贈る復讐だ! その時をせいぜい、震えて待つがいい!」


 タイガは頭蓋骨をベッドに投げつけ、再び私の方へ向き直り私の身体を両腕で抱える。すると部屋の扉が瞬時に開き、その向こうにはさっきまで居た会議室があった。

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