第20話 『蛇華族』
ソウマさんは地図を開き、ペンを持って何かを書き込んでいる。
「一つ、これからの旅に先駆けて一つ魔法の授業をしてやろう。お前の名前を当てる能力、その正体は恐らくお前達彗星族が無意識に使っている魔法によるものだ」
「魔法ですか? 使っている実感はないんですが」
「ないだろうな。この手の魔法は遺伝系魔術といって、遺伝子に刻まれた制御不能の魔法だ。ある一定の状況で必ず発動する魔法であり、本人はどうあっても魔法の詳しい発動原理を理解出来ないとされている」
「気づいても知り得ないって、そんなの生殺しじゃないですか」
「かもな。だがこれは噂だ、証拠は何も無い。これから先、その魔法の謎を解く事が物事を円滑に進める鍵になるかもしれん。大いなる謎に立ち向かう覚悟を、今の内に決めておけ」
「は、はい」
ソウマさんは唐突に地図をしまって顔を上げる。
「スイ、そしてリ……アイリン。明日の早朝にここを発つから準備しておけ」
「特訓をするんじゃないんですか?」
「そのつもりだった。だがお前の魔法の存在が明らかになったことで、計画における特定の行動の優先順位が繰り上がったんだ。その行動こそ、魔力を増大させる秘薬の入手だ」
「そんな薬があるんですか?!」
「あぁ。その薬は、俺がかつて世話になっていた蛇華族の村にある。秘宝と称されるそれは、魔力回路を増やすことで投与された者の魔力を数乗に高めるという」
「で、でも秘宝なんでしょう? そんなものどうやって手に入れるんです?」
「蛇華族の族長秘書から貰った手紙には、村はいま族長の継承で静かに混乱していると書かれている。どうやら、継承に族長の名前を誰も覚えてないせいで手続きが滞ってるんだそうだ」
「……そんなことあります?」
「あるんだ。あの村は流星街以上に狭いコミュニティで、名前を呼ばなくても会話が成立する。そんな適当な慣習が続いた結果が、今の混乱に繋がった。そこで、お前の出番だ」
「要するに族長継承を手伝い、その見返りとして秘薬を貰おうって計画ですね」
「そうだ。これはお互いが得する提案だ、向こうも嫌な顔せず受け入れてくれるだろう」
族長の継承の重要さは私も理解している。統率者のいない民族は皆等しく滅んでいる、だから蛇華はこの問題を必死に解決しようとしているんだ。火事場泥棒みたいで気が引けるが、人助けも兼ねているのだから仕方ない。
「はい質問。スイが名前を言ったとしてさ、それが本名だってどう証明するのさ。重要な手続きに、証拠の無い不確かな情報を使うワケにも行かないだろうし」
「それは向こうに任せる。事情を話せば何もせず突っぱねる真似はしないだろうし、そこら辺は問題ないと考えてる」
「ふーん。というより、その蛇華族? って一族についてもっと詳しく知りたい。大切な取引中に地雷踏みたくないし」
「無論だ。簡単に言えばアイツらは、世界一魔力を多く持って生まれる一族だ。二番目である彗星族に比べ数十倍の魔力を持つエリートだが、ある出来事をきっかけに数を大きく減らしてしまった」
「ある出来事、ですか?」
「城壁の建造だ。あの壁には魔獣避けの結界が貼られているが、当然ながら結界を維持する為には大量の魔力が必要になる。その問題を解決するため、建造作業に並行して大量の蛇華族が現場に連れ去られて死ぬまで魔力を吸い上げられた」
「……ひどい」
「そして今街に残っているのは、徴収を逃れた僅か一パーセントの人間達だ。三百年間で少しずつ人口が増えてきたが、彼等はいつか来る二度目の徴収に恐れる日々を過ごしている」
「二度目!? あんなことをもう一度するんですか!?」
「あぁ。魔獣の発見報告が増えてきた事から、政府は結界の効果が弱まってきていると推測している。このままだと、間違いなく二度目は起きるだろうな」
「そんな、どうすれば……」
「お前が勇者になれば蛇華族は救われる。魔獣を倒せる戦力が見つかれば、無理して結界を維持する必要も無いしな」
「……そうですか。じゃあ頑張らないとですね、私」
「そう気負うな。お前はただ強くなることだけ考えてれば良い。よし、話は終わりだ。カレー食うぞ、好きなだけ米を皿に盛りな」
ソウマさんは私とアイリンに木皿を渡し、炊飯器を指さす。
(彼の言うとおり、気張ってばかりじゃ無駄に疲れるだけだ。とりあえずこの夜だけは普通の女の子に戻って、休憩に専念するとしよう。なんか明日、嫌な事が起きそうな予感がするし)
肩の力を抜き、炊飯器から白飯を皿によそう。ちょっとした不安はありつつも、それを忘れて仲間と過ごせる至福の一時を楽しむことにした。
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