第19話 龍を飼う、本名を知る

 気が付くと、僕は街の中心で倒れていた。僕は自分の名前も、出身地も、そしてどうしてここで倒れていたのかも言えなくなっていた。所謂、記憶喪失という状態だ。


 城下町の人々はみんな僕の顔を見るなり目をそらし、そっぽを向いて駆け足で去っていく。僕には、彼らがどうしてそうするのかまるで分らなかった。


 膝から崩れ落ち、頭を抱えた。僕はこれからどうすればいいのか、何をすれば僕の記憶は戻るのか、まるで何も思いつかない。そんな様子でうずくまる僕に対して手を差し伸べたのは、黒いローブに身を包んだ白髪の男だった。


「……まさかこいつ、破龍族か? 生き残りが居るなんて聞いてないぞ」


 聞いたこと無い種族名が男の口から飛んできて、困惑はさらに増していく。まもなく彼から名前と出身地を聞かれたが、覚えていないと返答する。


「へぇ、記憶喪失か。こいつの記憶を取り戻すことで、魔王降臨の謎を解くことが出来るかも知れないってワケだ。研究も一段落したところだし、龍一匹飼う事ぐらいはできるか」


 だいたいこんな事を言っていたと思う。僕の記憶が彼に必要なのだと気付くと、僕はすかさず彼に助けを求める。


「僕の記憶が必要なんだよね!? だったら僕の事助けてよ、飢えて死にそうなんだ!」


 僕は彼の袖をガッと掴む。彼はそんな僕の勢いに驚き、僕の手を振りほどいて一歩身を引く。


「わかった! 飼う、飼うって! ただし、記憶を取り戻したら逐一俺に報告するんだぞ。隠し事は無しだ、わかったな?」


 首を縦に振ると、彼は僕に蒸した鶏肉と水筒をくれた。それから僕に「リュウ」という名前を付け、それから今日まで行動を共にすることになった。その過程で、僕は彼から本当の始祖の勇者伝説やセントラルの真実について教わった。だが、彼がなぜ僕にリュウという名前を付けたのか、それだけはどれだけ聞いても教えてくれなかった。


 話しを聞き終えた私は、額に手の甲を当てる。


「……記憶喪失、か。やっぱりそうだったんだ」

「え? なんで予想できてるの?」

「名前だよ。貴女のそのリュウって名前、本名と全然違うのにずっとそう名乗り続けてるからさ。おかしいとは思ってたんだ」

「まさか、僕の名前知ってるの!?」

「うん。私達彗星族には、目を合わせた人間の本名を読み取る特殊能力があるからね。とはいえ、具体的な名前が挙がったのは貴女の詳しい来歴を聞いた今だけど」

「教えて! 僕は、なんて名前なの!?」

「ああ教えよう。君の名は『ゼノ・アイリン』。そしてリュウと言う名前は、恐らく破龍族の龍から来た名前だね」


 次の瞬間、アイリンは頭を抑えて苦しみ出す。唸り声を上げるアイリンに私は咄嗟に抱きつき、痛みを和らげようとする。


「大丈夫!?」

「痛い……! 脳内に、知らない映像が何個も映し出され――いや、全部知ってるぞ。この景色は……まさか、魔獣は――」

「アイリン!?」

「はあ……ご、ごめん。今のは忘れて。失った記憶の一部が戻って、混乱してるだけだから」

「う、うん。とにかく、無事で良かったよ」

「……思わぬところで、思わぬ情報を貰っちゃったな」


 アイリンは額から滝のような汗を流しながら、右目に手を当てて歯を食いしばる。一体彼女は何を思いだしたんだろう、気になりつつも私はその疑問を心の奥底にしまった。


 軽くシャワーで汗を流した後、私達二人は風呂場を出た。すると、出て早々カレーのいい匂いが辺りに充満している事に気づく。


「やっと出てきたか。今はもうカレーを寝かせているところだ」

「嘘、私たちカレーが出来るぐらい長く入っていました?」

「四十分ぐらいだな。もう少し待てばより美味しくなるが、どうする?」

「私は待てるよ、アイリンはどう?」

「僕もちょっと休憩したいなー。ちょっとのぼせ気味だし」


 一瞬、彼の眉間にしわが寄る。


「……おい待て。アイリンって、もしかしてリュウの事言っているのか?」


 困惑する彼に、彼女と風呂場でした会話を伝える。すると、彼は驚きと不可解さが混じった絶妙な表情を浮かべた。


「彗星族に名前当ての能力? なんだそれ、初耳だぞ」

「村の情報は殆ど外部へ出てないので、致し方ない事です」

「……だよな。そして、その能力が申告に値しない物だとして隠すお前の気持ちも分かる。だが、お前のその唐突な告白のお陰で、大幅に計画を変更することになりそうだ」

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