第13話 藍の墓場(1)

 それからしばらく歩くと、ぼんやり街のような形をした影が見える。その影に向かって走ると、全ての建物や道がレンガで作られた街が出現した。私達は駆け出した勢いのままそこへ入り、門をくぐって辺りを見渡す。


 街の中はとても栄えていて、そこら中を多くの人が行き交っている。ひさしぶりに見た人の群れ。息苦しさを感じ、胸に手を当てて呼吸を整える。


「大丈夫? ちょっと休憩する?」

「いや、大丈夫。疲れてないけど、人混みに入るのって久々で……」

「じゃあ目を閉じて。僕が引っ張っていくから」


 私はリュウに感謝を告げ、目を閉じたまま歩き出す。濃厚で沢山の人間の匂いが私の鼻を塞いでしまうけど、視覚情報が遮断されているお陰で口呼吸に集中できる。そうこうしているうちに人口が多い地帯を抜けたようで、人間臭が薄くなったお陰で息苦しさが少しマシになる。


「止まって」


 突然腕をぎゅっと摘ままれ、驚いた私は足を止める。


「ソウマ、そんなところで突っ立ってどうかした?」

「……ない。ここにあったはずの武器屋が無い!」

「なんだって?」


 恐る恐る目を開けるが、そこには瓦礫の山だけがあった。彼の反応とその光景は、私に嫌な予感をよぎらせる。


「……まさか、既に勇者に殺されている?」

「ありえない。あいつは剣術の達人だ、何人に囲まれようと簡単に切り抜けてみせるだろう。それがこんなに手酷くやられるなんてあり得ない、何が起きてる?」


 ハンカチで汗を頻繁に拭く様子から、ソウマさんは内心かなり取り乱しているのがわかる。


「あんた、もしかしてソウマ・ユウキかい?」


 振り返ると、そこには杖をついたひげ面のおじいさんが居た。


「あいつなら一週間前、自分の家をぶっ壊してどっか行っちまったぞ。偶然ワシはその現場に立ち会い、この手紙を受け取った。お前さんに宛てられたモノだ、さっさと引き取ってくれ」


 おじいさんはソウマさんに一封の封筒を強引に押しつけ、鍛冶屋の男に向けた者と思われる小言を言いながらそそくさと立ち去る。


「リュウ、音読頼んで良いか。俺は文字を読むのが苦手なんだ」


 彼から受けとった封筒を破り、中にあった紙を広げて見る。


『俺は今まで、世界を変える力を持つ至高の一本を作るために鍛冶屋をやって来た。その素材にアテが付いた今、これ以上鍛冶屋をやる意味は無い。だから俺は、鍛冶屋としてのキャリアを全て捨て、今「藍の墓場」でその剣作りに励んでいる。ソウマ、もしお前が最強の剣が欲しているのならば、そこに来い。その時完成していれば、お前に譲ってやる』


 藍の墓場。私はその言葉に心当たりがあった。その場所は、かつて私達彗星族が作った集落である「流星街」近郊にある場所だ。私も何度か訪れた事がある。


(しかし、なんでそんな場所が武器作りと関係があるんだ? まあ素人の私には到底分からない特殊な理由があるんだろうけど)

「藍の墓場ねぇ。ソウマ、その場所に何か心当たりない?????」

「聞いたことあるぞ。夜になると地面が青く光りだし、その光に釣られてホタルも寄ってくる、世界で最も綺麗な観光地だって話だぜ」

「……は?」


 思わず大きな声が出てしまう。一瞬場が凍り付くが、「墓場が観光地」という情報が衝撃的すぎて気にする余裕を失っていた。ハッと我に返ると、リュウとソウマが目を丸くしてこちらを見ている事に気づく。


「ご、ごめんなさい。ちょっと驚いただけです。とにかくお目当ての職人はそこにいるんですよね? そこでしたら詳しいので、ここからは私が案内いたします」

「しかし彗星族関連の場所ならここから遠いだろうし、ここからは馬を使って移動しよう。二人とも乗馬は得意か?」

「乗馬かあ、僕は苦手だな。スイはどう?」

「結構得意だと思う。後ろ乗る?」

「うん! 乗せて!」


 それから私達は街の入り口へ引き返し、馬を二匹召喚する。ソウマさんに鞍を付けて貰った後、すぐさま騎乗しムチを打って墓場へ向け走らせる。


 実に五年ぶりの帰省。またあの地獄を見ることになるのかと思うと、気分が落ちて溜息が出る。その様子を見たリュウが私の背を撫でる。


「辛くなったら言ってね、運転変わるから」

「……ありがとう」


 手綱をぎゅっと握り、心の内から湧き出る恐怖を押え込みながらひたすら目の前をみる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る