第11話 どう勇者になるか
こうして、一週間限りの鎧生活が始まった。しかし、この特訓は『生活』というより『拷問』の方が近いと思ってしまうほどの苦痛を私にもたらす。
鎧の中は汗臭くて蒸すし、構造上動きにくいうえに重いので常に全身の筋肉が痛んでいる状態だ。私は、この痛みと苦しみを耐えれば史上最高の勇者になれるんだと思う事で乗り切る事に成功する。
それから三日が経った真夜中の事。その日も眠れなかった私は、二人の目を盗んでこっそり鎧を脱いで夜風に当たろうとしていた。しかし突如テントの中からリュウが出てきたので咄嗟に地面に寝そべって隠れる。
しかし彼女は私の方に目もくれず、ソウマさんのいるテントに入って行く。心なしか、彼女の表情はいつもより少し険しかった気がする。急いで鎧を脱ぎ、忍び足でソウマさんのテントの前に近づいて聞き耳を立てる。
「……あのねソウマ。確かに彗星族からは優秀な魔術師が多く輩出されている。けどね、彗星族出身の魔術師は、魔力量が多いのはもちろんのこと頭も良いと言うことが知られてるんだ」
「いきなりそんな話を持ち出して何を言いたい?」
「アプローチを変えてみないかって事! 彼女を官僚として政府中枢に送り込み、内部から法改正をして偽勇者を滅ぼすんだ。そうすることでも彼女は勇者になれる。悪政に立ち向かった勇者としてね」
「……悪くないが、どうして急に考えを改めたんだ」
「彼女の魔力量は少ない上、回復に丸一日時間を要する。身体能力も低すぎるし、際立って成長が早いわけでもない。彼女は普通の真人間とステータスが何ら変わりないんだ。そんな彼女を戦場に送ったって……無駄死にするだけだ」
彼は腕を組んでうなり出す。
(確かにリュウの考えも悪くない。官僚として勇者になる、そう言う手もアリだ。けど私は、戦士として勇者になりたい。そうじゃなきゃ、始祖の後継者として勇者になったと言えないだろう。そんなの、目指す意味が無い)
思わず私は拳を握り、歯を食いしばる。しかし私はおとなしく、ソウマさんの次のセリフを待っている。
「……いや、方針は変えない。だいたいそんな露骨な方針転換をすれば、彼は私を育てるのを諦めたんだって勘違いして落ち込んじまうだろ」
「で、でも! この状態からどれほど強くなったとしても、始祖に並ぶ程の強さにはならないんだよ!?」
「俺が三日前に言ったことを忘れたか? 魔力と体力、両方を底上げする用意が俺にはある。上手く行けば、始祖なんぞ優に超える力を手に入れられる程のな。鎧を着ての生活を強制させているのは、それらの秘策を施すに値するかどうかを見定める前座に過ぎないんだ」
「前座って……あれが前座なの?」
「そうだ。これからアイツは目に見える変化を遂げることになるだろう、お前は彼女が最強の上り詰める光景を見たくないのか?」
反論できずに黙り込むリュウ。それからしばらくして、リュウは突然笑い出した。
「気でも触れたか?」
「いやいや、抱えてた不安が晴れて安心しただけ」
「不安?」
「もしかしたら君はスイの事、魔王に復讐する為の道具としか考えてないんじゃないかって」
「復讐はアイツに託した。だから、もう俺から魔王側にアプローチを仕掛けるつもりは無い」
「そんなに彼女に信頼を寄せてたんだね。それに気づかず、無粋なこと言ってごめんなさい」
「構わん、不安を放置していては信頼関係のヒビの元になる。それに――」
突然私の身体が淡い光に包まれ、次の瞬間にはテントの中に飛ばされていた。
「コイツも、何故鎧を着なきゃならないのか理由を知れた。本来この情報は、特訓をやり遂げた後にご褒美として伝える予定だったが……まあ、別に今でも良しとしよう」
「すみません。リュウがテントに入っていくのをみて、つい気になっちゃって」
「ってことは僕の発言全部聞かれてたって事!? ご、ごめんスイ!」
「いいよ、貴女の提案は何も間違ってない。むしろ燃えてきた! ソウマさんの意見を聞いて良かったって、いつかリュウに思わせてやるんだから!」
「……ああ、楽しみにしてるよ」
「話は終わりだ。リュウは自分のテントに戻り、スイは至急鎧を付け直せ。そして鎧を勝手に脱いだ罰として、お前には明日の朝食作りを命じる事にした」
「そ、そんなあ……」
私は肩を落とし、リュウと共にテントを後にする。
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