第10話 純銀の鎧

 私はこの思いをソウマさんにぶつける。


「そんなこと言われたってなぁ」

「困りますよね、分かってます。ただ貴方が自己否定をする事で悲しむ人が居る、せめてその事は把握して置いて欲しいのです。自分の栄光を否定するのはその栄光に加担した人達の努力を、そしてその栄光に憧れた人達をも否定することになるのですから」

「……そうだな。事態は好転しつつある、いつまでも過ぎたことに固執してないで、俺も前を向かないとな」


 ソウマさんは無言で立ち上がり、拳をギュッと握り込む。


「早速明日から特訓を始める。厳しい物になるが、簡単に音を上げるなよ? 俺の事を焚きつけたんだ、意地でも最後まで付き合って貰うから覚悟しとけ」

「は、はい! 頑張りますっ」

「俺は寝る。お前も早く寝るんだぞ、寝不足は体力の最大値を下げてしまうからな」

「……はい」


 ソウマさんは私に背を向け、自分のテントに入って行く。彼に寝ろと言われた物の……私には分かる、今日は眠れない日なんだって。


 彗星族は取るべき睡眠の頻度が他民族に比べて非常に少なく、多くても一月に七回しか眠れないのだ。今日は色々あった、心と頭を休めるために眠りたかったが、どうやらそうも行かないらしい。


 せめて外界の情報だけは遮断しようと、倒木の上に寝転がって目を閉じる。しかし砂漠に吹く風の音がいつまで経っても遠くならず、しびれを切らした私は目を開けて冷めたミルクを口にするのだった。


 あれから私は、筋トレやシャドーボクシングなどをして朝まで時間を潰していた。日が昇ったのを見て、私はシンクに移動してコップを洗い始める。ちょうどシンクを離れようとした時、誰かがシャツの裾を引っ張ってきた。


 振り返ると、そこには汗で全身びしょびしょになっているリュウがいた。


「わっ、凄い汗。どうしたの?」

「いやあ、よく眠れすぎたみたいでさ。寝起きだけどもうヘトヘト、シャワー浴びてくるね」 


 シャワー室に駆け込むリュウを見送った後、私は彼女の寝床を覗く。するとテント内は非常に荒れていたので、手早く片付けを済ませて再び外に出る。


 その時丁度起きてきたソウマさんとかち合う。彼は私と合うなり手を引いての自分のテントの中へ連れ込み、床に置きっぱなしになっていた鎧を無言で私に着せ始める。


「ちょ、ちょっと待ってください! 何でいきなりこんな鎧を……重っ……!」


 チェストプレートの重さが肩に直接来て、それに伴う激痛が私の表情を歪ませる。


「言ったろ? 今日から特訓を始めるって。まず筋力を付けるため、お前にはそれを着て一週間過ごして貰う」

「い、一週間!? これを、着ながらですか? それに特訓って言ったらもっとこう、剣術を磨いたり魔法を開発したりとかする物だと思っていたんですけど!」

「魔法も剣術もまずは剣を自由自在に扱えるようになってからだ。今はとりあえず身体を鍛えることだけ考えろ」

「着るだけで何とかなるもんなんですかね……?」

「かつて同じ事を他の始祖にさせたことがあるが、かなり効果的だったぞ」

「そうだったんですか!? やりますやります!」


 すっかり上機嫌になった私は、残りの部品もなすがままに付けられる。


 間もなく私達三人は朝食を取り始める。朝食の内容は盛りだくさんのソーセージとベーコン。美味しそうにそれらを食べる二人に対し、私には食事を味わう余裕が無い。


 腕にガントレットが重くのしかかり、私の腕を大きく振るわせる。結果、ソーセージを刺したフォークを口元へ持ってくるまでにかなりの時間と体力を浪費する羽目になった。


「美味しい……けどそれ以上にしんどい!」

「落として壊すなよ? 純銀の鎧なんて、俺ら始祖が居た時代には首都に一軒家が建つレベルの高価な物だったそうだしな」

「……もっと他に材料はあったでしょう!」


 銀は鉄より高価な物だと聞いたことがある。鎧を作れる程の量の銀を、ソウマさんはどうやって集めてきたんだろう?


「いや、これが一番さ。なんでも壁の内側にある鉱山では今、鉄一キロ採る度に銀五十キロが同時に採れるらしい。ソウマはこの状況を利用し、無料で銀を集めてその鎧を作ったんだ。それに銀は鉄より比重が重いし、重さで身体を鍛える特訓にはピッタリだ!」

「そ、そうなんだ。というか無料!? ソウマさん! 無駄に私を脅さないでくださいよ!」

「嘘はついてねぇぞ? それとほら、これやるよ」


 ソウマさんは私に一本のペットボトルを渡す。喉が渇いて仕方が無かった私はすぐにバイザーを開けて顔を露出し、そのボトルに口を付けて水を飲む。


「そいつはいくら飲んでも中身が減らないようにしてある。脱水で死なれちゃ元も子もないから、喉が渇いたら気兼ねなく水分補給するんだぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 こうして、一週間限りの鎧生活が始まった。

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