第9話 『始祖の勇者伝説』(2)

「ここで話は終わり、って言いたいんだど――」


 リュウは右隣にある一冊の紙を手に取る。


「この日記は僕と出会う少し前、時期で言えば十年前に彼が書いた物だ。ここにはソウマがどうやって生き延びたのか、そして今まで何をしていたのか……その答えが書かれている。なかなかキツい内容だけど、どうする? ちょっと休憩してからにする?」

「どうせキツいなら今の勢いのまま一気に聞き切りたい。話して」


 リュウは再び紙に目を落とし、暗い面持ちでその内容を音読し始めた。


 今日、俺の研究は終わりを迎えた。経過した時間は二百九十年、ようやく俺は復讐に向けて動き出すことが出来る。


 あの日、俺は本来他の四人と共にあの場で殉じるはずだった。しかし、死のうとする度に四人の妨害を受けたのだ。俺達の仲間の一人だったオーロラは、その理由をこう語る。


「貴方は生きて。シルヴァは頭良いんだけど、かなり短絡的な側面がある。彼が善政を行うには、貴方の力が必要不可欠よ」


 仲間達が切り開く道を、俺は歯を食いしばりながら進んだ。その途中で魔獣の奇襲を受け、脇腹や肩の肉をすこし噛みちぎられた。しかし結果的に俺は生きて戦場を出ることができ、俺は街に戻ろうと歩を進める。しかし俺は迷子になり、砂漠のど真ん中で行き倒れてしまう。


 気づけば俺は「蛇華族」の集落にいて、彼等は俺に寝床として研究室を貸し与えてくれた。その研究材料の多さを見て、俺の心から「街に戻らなきゃ」という思いがすっかり消し飛んでしまう。


 皆もっと長く生きていたかっただろうに、世界を存続させるために犠牲になった。その無念が、あの時のオーロラの表情ににじみ出ていたのだ。四人の復讐を果たそうと思い、俺は今日まで魔獣及び魔王を殺すための兵器の開発に勤しんでいた。


 その名は液体金属。俺の意思に沿って自由自在に動く鉄であり、攻防どちらにも一切隙が無い最強の兵器。コイツを使えば、恐らく魔獣にも対抗することが可能だ。


 その過程で不老の薬を手に入れられたのも幸運だった。老化による集中力の低下が起きなかったお陰で、数百年ほど予定が短縮されたのだ。


 明日、俺はこの村を出る。そして魔王を殺すための旅に向かうのだ。必ず奴に目に物をみせてやる。だからみんな、力を貸してくれ。


 ――語りを終えると、リュウは大きく息を吐いて本を置く。


「この後、蛇華の村を出たソウマは世界の変わり様を目の当たりにするんだ。そして、オーロラの言うとおりにしなかったことを心の底から後悔する。もし自分が傍にいてやれば、あんな暴挙はさせなかったのにってね」

「……仕方なかった事だよ、少なくともソウマさんは悪くない」

「僕もそう思う。でもソウマはこの事を大分気にしていてね。だから彼は、自分が英雄として扱われることを酷く嫌がっているんだ。自分はただ逃がされただけの男、だからその評価はあまりにも過分だって思ってる」

「だとしたら自分を過小評価しすぎ。腹立たしい」

「その心は?」

「確かに彼は大きな過ちを犯した。けど、魔物達を一度滅ぼせるぐらい始祖達を強くしたのはソウマさんだ。勇者を育てた勇者として、彼は称えられる資格を十分有している」

「……だってさソウマ! 盗み聞きしてるのバレバレだぜ」


 突如テントのジッパーを開けてソウマさんが顔を覗く。驚いて短い悲鳴を上げる私に対し、彼は外へ手招きする。


「行ってきな。やはり思いは直接伝えるに限る」


 軽く頷き、私はソウマさんの後を追って外に出る。外に出たソウマさんは食事の時に座って居た丸太に座り、自分の隣を指さす。


 ソウマさんの隣に座った私は、彼からホットミルクを受け取る。程よい温かさを持つそれを飲むと、少しだけ心が安らいだ。


「お前の意見は一理あると思う。今すぐにとは行かないが、少しずつ考えを改めるとする」

「本当ですか!?」

「ただ、一つ解せない事がある。俺が自分を卑下した事を、何故お前は腹立たしく思った?」

「それは……私の目と髪の色が関係してるんです」


 彗星族の髪と目は、誰も彼もが澄んだ青色をしている。しかし私のそれは紺色。黒が混じっている、一族にとってはとても汚い色なのだ。


 さらに、彗星族であれば潤沢に保有しているはずの魔力が私にはほぼ無い。異質と劣等、その両方を併せ持つ私は、幼少期から一族の恥だと馬鹿にされ続ける日々を過ごしていた。


 才能の欠片も無い私にとって、普通以上の才能を持った人間が自分は無能だと卑下するのは心の底から腹が立つ事なのだ。今あなたがいるその領域は、私が行きたくても行けない領域なんだ。そこを「くだらない」だなんて、口が裂けても絶対に言わないで欲しい。


 私はこの思いをソウマさんにぶつける。

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