第2話 人として清くあれ

 時間の流れを一切感じさせない砂漠を歩く内に、気づけば五年以上が経過していた。その事実を知ったのは、私が今いる廃墟に落ちていた新聞を通してだった。


 当初の予想に反し、今日までの私の旅はつまらない上に苦しい物になった。この世界には、人だらけの都市か砂漠しかなかったのだ。買い物目的で訪れた都市では人混みに飲まれ、砂漠では雲一つ無い青空から覗く太陽に照らされ蒸し焼きにされた。


 そんな事が何度も続いたせいで、今の私は慢性的な体力不足に陥っている。この状態を狙って旅に出たとはいえ、その過程があまりにも辛すぎる。


 しかしそんな旅が今、終わりを迎えようとしている。もう何ヶ月も都市を見つけられず、食料と水が底をついたのだ。リュックの中に入っているのはカビたパンが一斤のみ。そんな状況で見つけたのが、この廃村だ。


 現在私が居るのは、廃れる前は食料品店だったであろう建物の中。新聞を放り投げて辺りを見渡した私は、ふと地面にロースハムの塊が落ちている事に気づきそれに飛びつく。


(に、肉だ。美味しそう)


 真空パックに入っているからか、中にある肉は鮮やかなピンク色を保持していた。私はそれを手に取り、パックの封を切ろうと切り込みに指をかける。してはいけないことだと心が呼びかけていても、食べたいと思う気持ちにしたがって身体は動いている。


 しかし、私は最後の力を振り絞って身体に反旗を翻した。パックを遠くに投げ飛ばし、好かさずリュックからカビたパンを取り出してかじり付く。


(危ない、奴らと同じ犯罪者になるところだった。さっさと胃をパンで満たして、二度とこんな事が出来ないようにしなければ)


 埃だらけのパンを、渇いた喉を動かして無理やり飲み込んでいく。何度も咳き込んで血を吐きながらも残りを全部胃の中に入れ、空腹を満たした。


(……だめだ。今ので完全に気力が尽きた。もう一歩も動けない)


 背負っていたリュックを降ろし、それを枕にして地面に寝転ぶ。それから目を閉じると、意識が急速に遠のいていく。暗い海の底へ向けて私の体が沈んでいく感覚。あともう少し、もう少し沈めば、飢えと渇きを忘れて楽になれる。


(思えばこの五年、何もできなかったな。新しい夢を見つけられるかも、って少し期待してたんだけど。そんなに世界は甘くないか)


 死はすぐそこだった。しかし次の瞬間――


「誰か助けてー!!」


 そんな少女の叫びを聞いた。固く閉じていたはずの瞼がカッと開き、起こせないはずの身体がバッと起き上がる。声がした方向を振り向くと、一人の少女が二人の男に長い髪を掴んで持ち上げられているのが見えた。


 誰かが命の危険に晒されているのを見てしまった以上、私は彼女を救わなくてはならない。そういう生まれ持った私の性質は、死の淵にあってもしっかり働いた。


 リュックから短刀を取り出し、鞘を投げ捨て両手で柄をグッと握り込む。


(始祖の勇者様……夢破れた私に勇気を。あなた方と同じ英雄になるための力をください!)

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