第21話 死闘

「よーし。今日、ここで決めてやる」


 ここは、ネサナルダンジョン地下10階層。


 他のフロアと違い、このフロアにあるのはボス部屋一つのみ。


 そして、今自分はボス部屋の扉の前にいる。



 正直、自分がここまで来れるなんて思わなかった。


 自分の得たユニークスキル、【空中移動】が、まさかたった1cmしか浮かぶことが出来ないなんて。


 その事実を知ったときには、自分にはもう何もできることはないんだと打ちひしがれた。


 だけどこのスキル、使い方次第でとても便利なものになった。


 1cm浮かないじゃなく、1cm


 そして、浮いたまま移動することが出来る。


 それは、氷の上を自在に滑るかの如く自由に。



 その移動は、魔物の後ろ、死角に回り込むことを容易にする。


 無防備な死角からの攻撃は、ほぼ100%のクリティカルヒットを生みだし、魔物を次々と屠ることが出来た。


 身体レベルは13にまで上がった。


 冒険者界隈では、このレベル13というのは、「マスタークラス」と呼ばれ、冒険者として1人前として扱われる一つの指標でもある。


 ただ、通常ならばここに至るまでに繰り広げた戦闘で、1~3個くらいの新たな戦闘スキルを手に入れていることが多いのだが、【空中移動】に頼り切ってレベルを上げた自分には【戦闘(棒術)Lv1】のたった一つしか生えてこなかった。


 なので、通常のマスタークラスの人に比べれば自分は見劣りしてしまう。


 でも、この「マスタークラス」という一つの到達点は、自分にある重要なものをもたらしてくれた。


 「自信」という、何物にも代えがたいものを。



◇ ◇ ◇ ◇




 扉を開く。


 目の前に現れるのはネサナルダンジョンのラストボス。


 半人半獣で馬のような体躯に人の上半身を持つ魔物


 ケンタウロス。





 初撃。


 ケンタウロスが先手を取る。


 両手持ちの大ぶりの槍を大きく振り回すところを、【空中移動】を発動させ後方に移動して退避。


 そのまま移動を継続させ、敵の真後ろに滑るように回り込む。


「よし、これでクリティカル……なにっ!」



 ケンタウロスは馬の身体を持つ。


 エルランはケンタウロスの真後ろに回り込むことに成功はしたが、急所である人間の上半身にある頭部には、馬の身体が邪魔になって剣の攻撃が届かない! 


 ためらったその瞬間、ケンタウロスはその尻尾を振り回し、エルランを叩きつける!


「くうっ!」


 その尻尾は、体毛が重なって柔らかそうに見えてはいたが、実際は体毛ではなく筋繊維が収縮されたかのごときチカラを持っていた。


 その勢いで、壁に叩きつけられそうになったエルランは、すんでのところで【空中移動】を発動させ、壁への激突を回避する。


 普段、敵からの攻撃をほとんど受けることなくここまで来たエルランは、防御力が弱かった。


 単純な物理攻撃への耐性はもちろん、攻撃を受けた際の体のバランスの摂り方などもつたない。


 大きくよろけたエルランに、追撃とばかりに蹄の音を高らかに鳴り響かせながらケンタウロスが槍を構えて突進してくる!


 慌てて再度、【空中移動】を発動させ、その突進を躱すエルラン。


 本来は、先ほどの壁への激突を避けた際に発動させたスキルの残り移動距離が十分あったにも関わらず、焦りから新たにスキルを発動させてしまったエルラン。


 その後も、敵の攻撃をスキルを使って躱していく展開が続き、エルランのスキル使用回数は見る見るうちに増え、その残り回数を減らしていく。



「ジリ貧ってやつか!」



 反撃の糸口さえつかめぬままの展開が続く。


 エルランも、少しは敵の動きに慣れてきて攻撃を加えたりはしているのだが、おそらくケンタウロスの【槍術】のLvは3以上。


 【棒術Lv1】で、しかも鋼の剣を持っているエルランの攻撃はことごとく槍で防がれ、また数少ない側面からのヒットした攻撃も、かすり傷程度を負わせるにとどまっていた。


「さすがは、父さんと母さんが二人がかりで倒した魔物だな……強い。」


 このままでは勝てない。


 逃げるか?


 だが、この部屋の入り口の扉は固く閉ざされている。


 逃げられない。


 ―――死ぬ。



 まさか


 自分の急所攻撃が届かないなんて。


 思いあがっていた。



 急所攻撃クリティカルヒットを封じられた自分が、これほど何にもできないとは思ってもみなかった。



 エルランは、ケンタウロスの前足を狙って剣を振り下ろす。


 ケンタウロスの槍は、その攻撃をやすやすと跳ね返し、さらにエルランの頭部、胸部、腹部に3段突きを繰り出してくる!


 その攻撃を、またもやスキルを発動させて回避する。



 気が付けば、残りのスキル発動はあと1回。


 すでに、ダンジョン内の2か所ある通路の【大穴】を渡って帰ることもかなわない。


「ここまでか……父さん、母さん、リエル」


 大ぶりなケンタウロスの攻撃をスキルを使って躱す。




「リエル……一人にさせちゃうな……」




 スキルの使用回数が残りゼロになったとき、


 エルランの身体が虹色に輝いた。



 もし、このときこの場所に【識別石】があって、


 その【識別石】に、エルランと誰かもう一人が触れていたのなら。





 【唯一・世界(空中移動)LV



 という文字が見えたことだろう。


 



 

 

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