第20話 リエルの涙
そうか。
自分の累積報酬額は金貨5枚分に達したのか。
教会に喜捨したりもしているけれど、これで貯蓄は金貨2枚くらいはあるということだ。
ならば、そろそろいいかな……?
◇ ◇ ◇ ◇
「なあ、リエルさんや」
「お兄?」
「折り入ってご相談が」
「却下です」
「せめて話だけでも」
「ダメなものはだめです」
自分が【祝福の儀】を終えて3年の時が経過した。
自分は15歳、リエルは9歳になっていた。
当時6歳でも背伸びして大人ぶって気張っていたリエルは、ますます淑女として成長し、内面もキツく……まあ、大人顔負けの意志の強さを身に着けていた。
「じゃあ、これは独り言だ」
「わたしの耳は安息日に入りました」
「武器と防具が欲しい」
「わたしには何も聞こえません」
「金貨1枚あれば、それなりのものが揃うんだけどなー」
「お兄が稼いだお金だから、買うのは構わないのです。揃えてどうするのかが問題なのです!」
「なんだ、聞こえているじゃないか」
「独り言なのです。」
いつもと変わらぬリエルの返事に、エルランは今日もダメだったかと戦略的撤退をしようとしたとき。
「独り言を続けるのです。お兄は装備を揃えてどうするのです? きっと、きっと……」
「リエル?」
リエルは泣いていた。
「きっと、お兄はリエルを置いて旅に出ちゃうのです! お父さんとお母さんを探しに! 一人で! リエルを置いて!」
「リエル!」
「もう嫌なのー! 家族がいなくなるのは! お兄! ノエルを一人にしないでぇー! 置いていかないでぇー! 寂しいよ! 寂しいよぉ!」
自分はリエルを抱きしめる。
そうか、自分は馬鹿だ。
リエルが、こんなに思い詰めていたなんて。
こんなに不安を感じていたなんて。
なのに。自分は。
能天気に武器や防具が欲しいなんて。
旅は危険なので、リエルを置いて一人で旅に行こうと思っていたなんて。
自分は間違っていたんだな。
「なあリエル? お兄が、リエルを置いていくわけないだろ?」
「だって、だって! お兄はいつも街の外を見てるんだもの! 今すぐにでも旅立ちたいんだなってわかっちゃうよ! そして、リエルがいるから! リエルが邪魔だからお兄は旅に出られないんだよ!」
「そんなことはない! 自分は絶対、リエルと一緒だ!」
「ほんと! リエルも旅に連れて行ってくれるの?」
「ああ、来年、リエルが【祝福の儀】を終えたら一緒に旅に出よう! 父さんと、母さんを探しに!」
「うん! うん! お兄と、一緒に行く!」
兄妹は、そのまましばらく互いの体温を感じながら涙を流していた。
◇ ◇ ◇ ◇
「おう! エル坊! 似合うじゃねえか!」
「エル君! いいわねー! お姉さんは感激よ!」
武器屋で買った、はがねの
切れ味よりも丈夫さを重視し、『斬る』というよりも『叩き切る』といった感じの武器だ。
防具は、ベースは皮の鎧で、その上につけられた鉄製の胸当て、肩当てに小手。そして、膝やひじを保護するパットと足元の一部金属のグリーブといったいでたち。
若干動きが阻害されてしまい、素早さ重視の自分のスタイルにはどうかなとも思ったのだが、どうせ戦闘中はスキルで移動するし重さも感じないのでこれで良しとした次第。
「で、そんなガチガチに装備揃えてどうすんだ? いよいよ旅にでも出るつもりか?」
ヴィダルおじさんの言葉に、カル姉がハッとした表情になる。
そうだ。旅に出るという事は、今までお世話になったみんなとも離れ離れになってしまうという事だ。
そのことを考えると、急に胸の中に氷塊を突っ込まれたように切なくなる。
でも、行かない訳にはいかない。
今はまだ、その時ではないけれど。
「いや、まだ行かないよ。とりあえず、ここのネサナルダンジョンをクリアしないと、両親に会えたとしても胸を張っていられないしね」
「ダンジョンのクリアって……エル坊一人でか?」
「自分が今更ほかの人とパーティー組めるわけないじゃないですか?」
「だっておめえ、あのダンジョンは、エル坊の両親が二人で制覇したのが最少人数で……、ソロで制覇するなんて前人未踏だぞ?」
「だからいいんじゃないですか。なんせ、自分は『ユニーク』持ちですからね!」
すると、ヴィダルおじさんはさっきまでのおどけたような顔を真面目な表情へと轢き戻して言い始めた。
「エル坊。いや、エルラン。勇気というのは大切だ。だがな、無謀というのは最悪だ。お前がもし無謀の方だったら、俺はお前の足をへし折ってでも止める義務があるからな。その辺を絶対忘れんな」
「うん、ありがとう、ヴィダルさん。大丈夫。無謀には決してならない。両親に誓って。」
「そうか、両親に誓うんなら心配ねえな」
「はい。じゃあ、今日もダンジョン行ってきますね!」
「おう、今日は俺の依頼はなしだ。思う存分狩ってこいや」
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