第17話 転機

「エル坊? まだ【渡し屋】とか言うのを続けるつもりなのか?」 


 ギルマスのヴィダルおじさんが自分に尋ねてくる。



 そのことは自分も考えた。


 ゴブリンを狩りながら、考えていた。



 自分は冒険者になりたい。


 強くなりたい。


 【渡し屋】では、お金はそれなりに稼げても、経験値は稼ぐことが出来ない。



 なら、ゴブリンを狩っている方が自分の目的には合っているんじゃないだろうか。


 そう思った。


 でも、


「はい。もうちょっとは続けようかと思っています。なので、あの張り紙の通り、週のうち2日は狩りに行って、他の日は【渡し屋】で行こうと思います」


「やれやれ、それなりに狩れるし稼げることがわかったんだ。わざわざあんな、嫌なやつにまで頭を下げて小間使いのようなことをしなくてもいいだろうに」



 ギルマスのヴィダルおじさんには、自分が小さいころからお世話になってきた。


 自分の両親とも友人で、両親が帰ってこなくなってからはまさに親代わりのように接してくれた。


 そんなおじさんだからこそ、自分が普段ベングトたちに馬鹿にされながらも【渡し屋】をやっていることに思うところはあるのだろう。


 本当にやさしい人だ。


 まあ、見た目は強面だから大体怖がられているんだけれどね。


 孤児院出身で、ギルドの酒場で働いているテッドとロイも、いまだにヴィダルおじさんのことを怖い人だと思っているようだし。


 もう働いてから1年以上も経つんだから、いい加減慣れてもいいと思うんだけどな。



「ヴィダルおじさん、ありがとう。たしかに、もう【渡し屋】はする必要はないかもしれない。自分がいなくなっても【梯子ポーター】のラーシュさんたちもいるしね。」


「だったら――」



「でも、もう少し続けたいんだ。これまでお世話になってきたお客さんたちがいる。せめて、その人たちにご挨拶をするまでは続けないと、不義理な感じがして。いきなりやめちゃったりしたら、父さんと母さんが帰ってきたら怒られちゃうかもしれないからね」


 父と母は、こういった礼儀とか、挨拶だとか、人との接し方には厳しかったのだ。



「そうか、それもそうだな! あいつらなら絶対そう言うはずだ。」


「エル君? だったら、その張り紙書き換えよっか? 『近日廃業予定』とかって書いておけばいいんじゃない?」



「うん、カル姉、お願いできる?」


「まかせてちょうだい!!」




 

◇ ◇ ◇ ◇


「おう! エルラン! お前、この仕事辞めるんだってな! ようやくダンジョンへの未練がなくなったのか? まあ、お前の顔が見なくてもいいと思うとせいせいするぜ!」



 【渡し屋】の営業を再開して数日後、またもやベングト達が現れた。



「まあまあ、ベングト。そういうことを言っちゃいけないよ。これまでエルランには世話になったのだから。ところでエルラン? この仕事を辞めてからは何をするつもりなんだい? 残念ながら僕たちのパーティーには入れてあげられないけれど、我が家の掃除夫とかなら紹介してもいいんだけど?」


「掃除夫はお似合いね! 日雇いかしら? それだったら、日替わりで私の家でも雇ってあげてもいいわよ? ああ、でも住み込みはだめよ? 嫁入り前の私に変な噂が立っては困るからね!」


「廃業……苦情……破産?」


 ベングトパーティーの一団がそれぞれ好き勝手なことを言ってくる。


 ローダムめ、なぜに自分がお前んちの掃除をしなくちゃならないんだ。まあ、ギルドに出た依頼だったら受けてるかもしれないけれど。

 こいつは悪気もなしに上から目線なんだよな。まあ、悪意はないのだろうが、見下されているのは分かる。

 あと、お前らのパーティーに入るなんて大金積まれてもごめんだからな。


 それにアーダ。なんかこいつ、前から思ってはいたけど自分がこいつに惚れてるとか変な勘違いしてはいないだろうか?

 たしかに美人ではあるとは思うが、そんな高飛車なお高く留まったような女は嫌いなんだが。


 ジーダは相変わらず言葉が少ない。いや、破産はしてないし苦情も受けてないよ? こいつは少ない言葉でナチュラルに人の心をえぐってくる。


 唯一無言の取り巻きのマグスは言葉を発しない代わりに蔑んだような目でこちらを見ているし。なにげにこいつが一番たちが悪いのかもしれない。



「いままでのご愛顧、ほんとうにありがとうございました。これからも、ダンジョンでのご武運と、神のご加護がありますように」



 まあ、こんな奴らの相手をまともにする気はない。


 いつも通り、慇懃無礼に丁寧な言葉づかいで礼儀を失せず応対する。



「けっ! 相変わらずスカしやがって!」


「ほんっと、いかにも自分はお前らとは関係ないって顔しちゃってさ。お高くとまっちゃって。さすがは英雄様のご子息だわね」


 

 はいはい、お高く留まっている奴に言われたくねえんだよ。さっさと【渡す】から愛想笑いしているうちに代金払ってとっとと行っちまえ。




 そんなこんなで、常連のお客さん達には無事ひととおりのご挨拶を終え、自分は【渡し屋】を廃業した。



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