第14話 覚醒の兆し
エルランは今日もダンジョンに向かう。
ダンジョンに入ると、大穴までの道中に出るスライムをやっつける毎日。
硬い木の棒でぶっ叩く。
数発ぶっ叩いて、スライムはようやく光の粒子へと変わる。
【渡し屋】をはじめてからすでに2年と少しの年月が過ぎている。
これでも、成長はしたのだ。
最初、渡し屋を始めた時には4発から5発、あるいは7発くらい殴らなければ倒せなかったスライムが、今では2発から4発くらいで倒せるようになっていた。
つまりは、エルランはレベルが上がっていた。
毎日コツコツのスライム叩きの甲斐あって、身体レベルが3まで上がっていたのだ。
このレベルというもの、鍛えれば鍛えた領域の能力が上がっていく。
魔法スキルがあるものは魔力やMPといった魔法関連の能力が伸びていき、身体強化や物理戦闘のスキルがあるものは力や体力、素早さなどの伸び率が高い。
で、当然のことながらエルランは魔法系も戦闘系もスキルは持ってはいない。
ようやくふたつレベルが上がったが、その伸び幅は戦闘系スキル持ちに比べれば少なかった。
「レベルが上がれば戦闘系のスキルとか生えてくるんじゃないかって期待してるんだけどなー」
レベルアップした瞬間は感覚でわかる。
ゆっくりとした曲線での成長が、突然階段状に一気に1段上がる感触を体験したときにエルランの心は踊ったものだったが、2回目のレベルアップでもスキルの取得などの目立った成長がなくて少し落ち込んでいた。
そんなとき。
もはや作業になってしまったスライム叩きの最中に、ふとあることに気が付いた。
「
そのきっかけは、昨日のベングトの嫌がらせであった。
いつものように、ダンジョンの床にたたきつけられた銅貨を拾っている時にそれは起こった。
「ほらよ! チップだ!」
そのチップである銅貨は、後ろ向きで、しゃがんで
たかが銅貨、されど銅貨。硬貨と呼ばれるだけのことはあり、ちょっとした痛みを感じたのだ。
ダメージはないとはいえ、クリティカルなヒットだった。
「
そんな気づきがあり、エルランはスライムの後頭部に興味を持った。
だが、
つまり、どっちが正面なのかわからない。
でも、対峙したときには敵とみなした自分の方に移動してくるのだ。
「こっちに向かって移動してるってことは、こっちが正面だよな?」
つるんとしたスライムを見ながら独り言ちる。
ということは、今現在こちらにプルプルとにじり寄ってくるこいつの後ろに回り込めばいいのだろうか。
エルランは走った。
スライムを中心に円を描くように。
最初の位置から相対的にスライムの後ろ側に回り込んではみたのだが、なんとスライムは自分のいる方に向かってくる。
まあ、振り向いたのだろう。
今のエルランの速度では、スライム如きの後ろを取る事さえできないようだ。
「むう」
エルランは嘆息した。
「スライム1匹相手でもこんなざまか。ゴブリンとかが2体3体出てきたら囲まれてボコられちゃうのが目に見えるようだな。はあ。せめてなにか戦闘系のスキル一つでもあれば違うんだろうけどなー」
そもそも、もっと力があれば、後ろに回り込まなくても1発で倒せるのに。
もっと素早さがあれば、余裕で後ろに回り込めるのに……。
ん?
素早さ?
それすなわち時間をかけずに移動する事。
そういえば、自分にもそんな動きが出来るときがある。
試してみるか。
「【空中移動】」
1cmしか浮かないスキルを発動。
発動させれば、スキルを解除するか10m移動するまでは止まるも曲がるも自由。
スライムの1m脇をすり抜け急激に方向転換。
一瞬。
自分の体の重みも感じない、スムーズな移動。
素早い移動をイメージしたことにより、その時間は0.1秒にも満たない刹那。
スライムの背後? を取った自分は硬い木の枝をその後頭部? 叩きつける。
スパ――――ン!
これまでに聞いたこともないような澄み切った音と、初めての手ごたえ。
その一撃でスライムは光の粒子へと姿を変えた。
「一発?」
初めてのワンターン・キル。
「これが……この感触がクリティカルヒット……?」
エルランは、惚けたように自分の右手と握りしめた硬い木の棒を見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇
その日以降、年中無休であった【渡し屋】に、週2日の休業日が出来た。
そのことは、冒険者ギルドの掲示板に「お知らせ」として貼りだしてもらったおかげで大きな混乱はなかった。
まあ、なんにでも難癖をつけてくる輩はどこにでも居たのではあるが。
そして、初めて訪れた【渡し屋】の休業日。
エルランはダンジョン2階層の『大穴』の向こう側に立っていた。
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