第11話 『渡し屋』開業

 スキルの検証を終えた翌日、


 自分は街から徒歩10分のところにある『ネナサルダンジョン』の地下1階にいた。


 


 武器は、木の棒。


 そう、林の中によく落ちている、あの男の子なら誰もが拾ったことのある『いい感じの枝』である。結構硬くて長くていい感じだ。



 防具は、厚手の服。


 何のことはない。膝やひじに穴の開いてしまった冬服だ。



 そして目の前にいるのはスライム。


 最も弱く、子供でもどうにか倒せるといわれている魔物である。



 武器は木の棒だが、こいつには斬撃はきかないからちょうどいい。


 叩く、叩く、ぶっ叩く。


 4~5回ほどぶっ叩いたところでスライムはその蠢動が止まり、光の粒子を残して小指大の魔石を落とす。



 この魔石は、1個当たり一律銅貨1枚だ。


 本当は重さによって微妙に値段が変わるのだが、この大きさでいちいち量るのも面倒であり、量ったとしても端数でやたらと細かい金額になってしまうのでこのようになっている。


 ちなみに、下水道の掃除の報酬はひと区画あたりおよそ銅貨15枚。これはギルドの正式依頼を受けた場合であり、登録前のエルランはそれより安い8~14枚の値段で受けていた。


 先日、エルランは約一日かけて5区画を掃除したため、日給は銅貨75枚になった。


 エルラン達兄弟が生活をしていくのには、一日あたり平均で銅貨50枚ほど。それに日頃お世話になっている教会への喜捨を含めればまあまあの稼ぎであった。


 この日給をスライムで稼ごうとすれば、単純計算で一日75killである。



 4~5回ぶっ叩いて1匹倒せるのであればそれほど難しくないと思う人もいるかもしれない。


 ところが、そのぶっ叩きも、1回1回全力で行うとかなりの疲労となる。


 木の棒も、硬くて長ければそれなりの重さはあるのだから。


 まるで、全力での餅つきを何度も繰り返すようなものだ。



 それに、魔物であるスライムはお餅と違い、反撃もしてくる。


 腕がプルプル状態で集中力が途切れ、打撃が外れたりすると痛烈なボディーブローを食らう羽目になる。


 もし、その攻撃が顔面に当たったのなら最悪だ。下手すればそのまままとわりつかれ、窒息の危険性があるのだから。



 そういうわけで、エルランのような初心者が、ソロでスライムを狩ろうとしてもそれほどの討伐数は稼ぐことは難しい。


 もっとも、心身レベルが上がって腕力や体力がついてくれば話は別なのだが、たかが一つといえどレベルが上がるまでにはそれなりの努力と時間が必要になってくる。


 だからといって、鍛錬を怠ってはいつまでたっても強くなることも、稼げるようになることもありはしない。



 なので、叩く。叩く。ぶっ叩く。


 スライム討伐に、【空中浮遊】はまったく意味がない。


 だから、叩く、叩く、ぶっ叩く。


 そしてぶっ叩きながらダンジョンの通路を進み、地下2階層への階段の前にたどり着く。



 今日ダンジョンに潜ったばかりの初心者が、その日のうちに次の階層に進むなど通常は自殺行為である。


 だが、エルランは迷うことなくその階段を降りていく。


 なぜならば、その階段を降りた先には、行く手を阻む『大穴』が開いており、そこを越えてくるモンスターは皆無だからだ。


 つまりは安全地帯。



 ここでおもむろに背負ったナップサックから大き目の布を取り出し、手持ちの棒に括り付けていく。


 そうして、エルランはその棒を肩に担ぐと、その布が広がり、そこにはこう書かれていた。




『渡し屋』――と。




◇ ◇ ◇ ◇


 それは、まったくもってひょんなことだった。


 その日もスキルの検証をしようといったんギルドに寄った際、酒場のマスターからとある手伝いを頼まれた。


 酒の商会からエールとワインの樽が届いたので、店の中に運んでくれないかとのこと。ちなみにマスターは腰を痛めているため、これまでもエルランかギルマスが運んでいた。


 いつもは樽を傾けて底面をバランスよく転がしながら所定の位置まで運んでくるのだが、その日は孤児院のテッドやロイが食堂のかたずけをしており、まだ要領を得なくてテーブルや椅子が散乱し、とても樽を転がして移動する導線が確保できなかったのだ。


 しかたなく、重い樽を抱えて少しずつ移動させようかとしていた時、ふと思いついて【空中浮遊】を発動させたところ、


 なんと、あれほど重かった、抱えていたエールの樽の重さを感じなくなったのである。


 ワインの樽でも試してみたが結果は同じ。


 調子に乗って、カル姉や酒場のマスターを抱えて試してみても結果は同じだ。


 つまり、【空中浮遊】を発動させたとき、その発動を止めるまでは自分の体に触れている物質の質量はほぼゼロになるという事だった。



 ということは、人や重いものを抱えたまま、楽々10m移動できるということ。



 早くダンジョンに行きたいと考えていた自分の頭の中で、何かがつながって明確なビジョンが見えた瞬間であった。


 そして、2階層の『大穴』までの往復の道中にスライムをぶっ叩いて経験値を稼ぎつつ、『大穴』前の安全地帯で客を待ち営業を行うという【大穴の渡し屋】という仕事が爆誕したのであった。

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