第10話 下水道掃除にて

 ギルドの中でギルマスのヴィダル達がエルランの行く末について憂慮していたころ。


 エルランは下水道掃除の依頼を受けていた。





「おおおおおー、すごい! これなら靴が汚れないじゃないか!」


 エルランは掃除のときにふと思いつき、【空中移動】のスキルを発動させてみたところ、なんと空中に浮きながら掃除することが可能になっていた。


 しかも、宙に浮いていながらも足の裏に踏ん張りも効き、力を入れて床や壁をこすることが出来る。


「汚水で汚れた靴は洗うのが大変だからなー。臭いし。リエルはいい子だから我慢してくれるけど、あの匂いが家中に漂うのは自分が耐えられないからなぁ。」


 晴れの日なら外に干すことが出来るが、雨だと玄関に干さざるを得ない。その時の臭いには何年たっても慣れなかった。


「それにしても、外れスキルがこんなところで役立つとはねえ。」


 依頼主から渡された掃除用のデッキブラシを自在に動かしながら独り言ちる。




「10万人に一人の下水掃除の達人にでもなろうかねい。」


 自嘲気味な独り言を吐きながらも掃除の手は緩めない。


 そうしているうちに、今いる所の周辺はあらかた綺麗になっていた。



「この辺はもういいな。次はあの辺か。結局水たまりの中を歩かなきゃいけないんだよなー。ん、そういえば、このスキルって浮くだけじゃなくて移動もできるんだよな。あそこまで浮いたまま移動できるかな?」


 まだ掃除の手を付けていない、今の位置から3mほどの場所を目指し、空中に浮いたまま移動することをイメージしてみる。


 すると、イメージ通りに思った位置に移動することが出来た。


「おおお、これなら汚れた水たまりに入らなくてもいいじゃないか。これは本当に靴を汚さずに最後まで掃除できるかもな。」



 そんなことを数回繰り返した後。


「ん? どうしたんだろう。こんどはあそこまで行きたいのに、たどり着けるイメージが出来ないぞ?」


 何度イメージしても、次の清掃場所まで浮いたままたどり着けるイメージが持てなかったため、とりあえず安全策で、近くにある汚水のない足場に移動してみた。


 足場に移動すると、身体からゆっくりと浮力が抜け、ストン、といった感じで地面に着地する。



 これってどういう事なんだろう。魔力切れ? 


 でも、もう一度発動してみようとすると問題なく浮かぶことが出来た。


「どこまで移動できるのかな? んーと、あの辺かな」



 浮いたままどこまで移動できるのか徐々にイメージの中で距離を伸ばしていくと、ある一定の距離のところで浮かんでいられるイメージが途切れることがわかってきた。


 その距離は、前でも後ろでも横でも同じ。とはいっても下水道の中なので横に関しては壁にぶち当たるため、さすがに壁の中に入り込んでいくイメージは出てこない。


 浮いたまま移動できる距離はおよそ10mくらい。思えば、さっきも3mくらいの移動を3回位した後に移動できるイメージの距離が短くなっていた。



「これは、一度浮いたら10m移動できるという事なのだろうか?」


 頭に思い浮かんだ仮説を片隅におきながら、その後も浮かびながらの掃除と移動を繰り返していく。


 仮説は正しかったらしく、一度浮遊を始めた後は合計10mほどの移動で浮遊が切れることが判明した。もちろん、途中で移動をキャンセルして着地することもできる。


 ふむ、ダメスキルと見切りをつけていたが検証というのはしてみるものだなと思いながら、普段に比べてとてもきれいないでたちのまま本日の掃除を終えた。



◇ ◇ ◇ ◇


 掃除後、依頼主のいる役人詰所から依頼終了の署名をもらった後でギルドに戻り、カル姉に依頼終了の報告をする。


「……お疲れ様~?」


「カル姉、なんで疑問形?」



「だって、エル君の恰好、とてもきちゃない下水道の掃除の後には見えないわよ? 靴も汚れてないし~」


「そこはほら、自分は【ユニーク持ち】ですから」


「お、その調子じゃまったく落ち込んでねえなー? ユニークスキルを自虐ネタに使った奴も過去にいないんじゃねえかー?」



「って、ギルマスまで乗っからないでくださいよ~。で、エル君? どうしてキミはキレイなのかな~?」


「ああ、これは本当にユニークスキルのおかげなんですよ。」


「っておい、まさかー?」



「はい、空中に浮かんだまま掃除しましたから」


「「……」」



「どうしました?」


「いや……なに。まさかそんな使い方があるなんて思わなかったからなー。すこし驚いただけだー。」


「うん、なんていうか~。エル君は転んでもただでは起きない子だね~」


「それ、誉めてないですよね?」



「いや、まあ、冗談はさておきー、エル坊はそのスキルの使い方をしっかりと把握しておくことはやっておくべきだなー」


「うん、わかったよ!」



◇ ◇ ◇ ◇


 その後のスキルの検証により、この【空中浮遊スキル】は『浮遊』を始めた高さを基準におよそ1cm浮き、その地点から10m、浮かんだまま移動できるというものだった。


 3階建てのギルドの屋上で浮遊を発動させてそのまま空中を移動したときは正直怖かった。屋根まで戻れる距離5m以内に設定しておいてよかったよ。


 で、このスキル。一日に100回発動できるみたいだ。


 魔法みたいに魔力の使用とか、回復とかあるのかと思い、朝のうちに100回使ってみたが夕方には1回も発動しなかったから確かだろう。



 そして、今日も検証に向かおうとしてギルドに寄り、ふと酒場の手伝いを頼まれたとき。

 

 自分の頭にはとあるプランが浮かんできたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る