第8話 殴打

「……ギルドマスターにお取次ぎ願えますか?」


 喧騒の中、冒険者ギルドの扉を開けて入ってきた教会のシスター、ナタリー・ステニウスが受付嬢のカルロッテに問いかける。



「あら、エルラン君じゃないですか。おはようございます。」


 そして、ベングトに下げた頭を元の角度に戻し、一刻も早くこの場から立ち去ろうと考えるエルランと目が合った。


「おっ、おお。おはようございます。ナタリー姉ちゃん」


「こら、お外ではちゃんとシスターと呼んでくださいね? エルラン君?」



そんな近しい知り合い同士の軽いやり取りをしていると、




「シっ、シっ、シスター様! おはようございます!」


 さっきまで自分に鬼のような形相を見せつけていたベングトがいきなり頬を染めて直立不動になって上ずった声を上げた。



「はい……。おはようございます。ベングト様。」


 それに対し、ナタリーは取ってつけたような微笑みを頬に張り付けて挨拶を返す。



「シスター様! 本日は、このような小汚い場所にどんなご用事ですか?!」



 あ、ベングトがギルドを小汚いといった瞬間、お怒りモードだったカル姉の顔がさらにこわばったぞ。自分は知ってるんだ。毎朝カル姉はギルドの中を掃除しているんだ。まあ、週に3日は自分も一緒にやってたんだけどな。



「わたくしがお話があるのはギルドマスター様にですので、他の方にお教えする訳にはまいりません。」



 おっふ、これが塩対応というやつか。


 まあ、仕方ないよな。ナタリー姉ちゃんはベングトの奴が自分に散々絡んでいた場面をたった今見ていたわけだしな。




「あっ……、そうですか。」


 哀れベングト。会話のきっかけをしょっぱなからへし折られて二の句を継げなくなってやがんの。



 それを見ていい気味だといった表情をしたカル姉が、


「では、ここはギルドマスターのお部屋にご案内しますね」

 

 といってナタリー姉ちゃんを奥の部屋に案内していく。



「あ、この子たちも一緒に同席させてくださいませ」


 ナタリーがそう言ってギルドの入り口に手招きすると、扉の隙間からこちらを伺っていた二人の男児が肩をすぼませながら中に入ってくる。


「テッドとロイじゃないか! あ、じゃあ、自分の抜けた後の酒場の給仕って」


「そうよ、エルラン君が今までたくさん頑張ってくれたから、ギルドマスターさんが孤児院を信用してお声をかけてくださったのよ。テッドもロイも、エルラン君のお仕事を引き継ぎたいって張り切っているんだから」



「そっか! テッド、ロイ! あとで仕事のやり方教えてやっからな!」


「「うん!」」




 そうしてナタリーと少年二人がカルロッテに案内されて奥の部屋に消えていくと



 いきなり拳が飛んできた。



   バキッ



 あっと思った時にはもう遅く、ベングトの右こぶしは自分の左頬に激しく衝突し、自分はギルドの床――カル姉が今日の朝も掃除をした床に転がってしまった。



「気に食わねえんだよ! 役立たずのくせに! てめえばっか! てめえばっか! 畜生!」



 ベングトは、怒りの感情をも言葉にしてエルランにぶつけてきた。


 

◇ ◇ ◇ ◇



 ベングトは、初めて会った時からエルランの事が気に食わなかった。


 「学院」にて同じ教室になったときも。


 エルランの両親が依頼から還らず、学院を辞めてからも。



 その姿が目に入ろうが入るまいが、とにかく癇に障ったのだ。



 だって、


 見ろよ、あの姿を。


 俺たちは剣をふるって鍛錬しているというのに、畑でくわを振るったり、すきで牛の糞の藁を替えているじゃないか。


 俺たちが学院で学問を修めているというのに、ギルドの酒場で酔っぱらいの吐しゃ物を片付けているじゃないか。

 

 まるでスラムの子供のような、汚れ仕事が似合っている、ただの小汚いガキじゃないか。


 それなのに、それなのに。


 周りの大人たちが、親がいないからと、英雄の子だと言って優しくするのが気に食わない。


 あの清楚なシスター様と親し気に話をしている姿が気に食わない。



――俺の方が、強いのに。





「おい! 聞いてんのか! 英雄の子で、ユニークスキルだからっていい気になってんじゃねえぞ!」



 またか。


 「学院」のときにも似たようなことがあったな。


 たしか、あの時は剣の授業でボコられたんだっけか。


 反撃しようにも自分は弱いし、今だってベングトの拳をよけられなかった。



「―――あーあ、やっちゃった。かわいそうに。街の人気者さん、無様に転がっちゃったわよ?」


 それを見ていたアーダも薄笑いを浮かべながらこっちを見ている。たしか、これもあの時と同じだ。



 そこに、


「おいおい、ベングト、またやったのか? まったく、やるなら目立たないところでやればいいのに。お前はほんと血の気が多いな」


 冷めた顔でギルドに入ってくる、街長であり、準男爵の息子であるローダム・ボードスと、



「……不様ぶざま。」


 無表情で感情の乗らない声と共に現れた役人の娘。ジーダ・セーゲス。



「さっすが、今日もベングト様はお強うございますね!」


 小さいころからこいつらの取り巻きをしているマグスが現れた。



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