第6話 屈辱と安らぎと

 ギルドの訓練場。

 

 外周300mほどのグラウンドのような広さであり、冒険者ギルドの建物に隣接している土床の広場。


 その周囲は魔法で強化された高さ2mほどの土壁と簡易な結界に囲まれており、低位の魔法くらいならば暴発しても周囲に被害を及ぼさないような作りになっている。


 その中央にエルランはいた。





 訓練場の中や外周には、ユニークスキルの効果を一目見ようと群衆が群がっている。



「おい、空中浮遊だってよ! すごいことじゃねえか!」


「フユウってなんのことだ?」


「ばっかおめえ学がねえなあ。フユウってのは浮かぶってことだ。つまり、英雄様のご落胤はお空を飛べるってことなんだよ!」


「おおお、空飛べるのか! そりゃすげえなあ!」


「さすが英雄のお子さんだぜ!」


「ユニークスキルってのはすげえもんなんだな! 生きてるうちにお目にかかれるたあ、オレは幸せもんだぜ!」




 いつの間にか自分のスキルの内容も周りに知れわたってしまったようだ。




「エル坊、みんな期待してるぜー! ちゃっちゃと飛んでみてくれや! うまく飛べりゃあ、クエスト受け放題だぜー! あの、崖の途中に生えている愛の告白に使う花や、断崖絶壁に巣を作る鳥の卵なんかも取り放題だ! あっという間に大金持ちだぜー!」



 ギルマスのヴィダルおじさんが煽ってくる。


「は~い、では、いきまーす!」


「おう! 飛んでも落ちんなよー!」



「……」



「おい! もう飛んでいいぞ!」




「……」




「おーい! どうした! 飛んでもいいぞ!」



「も……でる」


「へ?」



「もう、飛んでる!」


「なんだと?」



「これでもう飛んでるんだ! どれだけ頑張ってもこれ以上浮かないんだよー!」


 自分がそう叫びながら一生懸命浮いて移動しようとすると、1cmくらい宙に浮いたまま、前方にヌルヌルと動き始め、そのまま10mくらい進んで止まった。


「おい、歩いてないのに動いてるぞ!」


「もしかして、あれが空中移動なのか?」


「いや、空中ったって……いや、浮いてた、確かに浮いていたぞ!」


「本当だ! ほんのちょっとだが、浮いていた!」


「じゃあ、ほんのちょっと浮いて前に移動したってことか?」


「それって……飛んで……ないよな?」


「……」



 まさかの結果に周囲は静寂に包まれた。


 そんな時、


「ぶわっはっはっはっはっは! なんだそりゃ! 空飛べるんじゃなっかのかよ! 嗤わせてくれるじゃねえか!」


 最初に笑い声をあげたのは、少年の声だったように思う。


「きゃっはっはっはっは!! かっこわるーい! やくたたずじゃないの!」


 続いて、少女の声。




 もう、その後の事は覚えていない。


 周囲は嘲笑する笑い声と、気まずそうな静寂とに分かれ、自分はその様子をまるで夢の中でもあるかのような、現実味のない感覚で感じ取っていたようだ。



 そして、気が付いたらギルドマスターの部屋のソファーで目が覚めた。



「……おう、エル坊、目ぇ覚めたかー?」


「……はい」



「……すまなかったなー。俺が煽ってみんなの前で披露させなきゃあんなことには……」


 自分に謝罪をしてくるギルマスのヴィダルおじさん。


「わたしもごめん! みんなの前で、エル君のスキル名言っちゃったもんね! ギルド職員としてやっちゃいけないことだったわ! ほんとごめん!」


 隣の家に住むお姉ちゃんで、受付嬢のカルロッテも謝ってくる。



 そうか。


 自分に与えられたユニークスキルの


 【唯一・世界(空中移動)LV1】。


 てっきり、その字面のごとく空を飛べると思っていた。




 ところが、


 「空中」というのはなんと空中1cm。


 1cm浮かんでそのまま移動するというスキルだった。






 落ち込んだ。


 恥ずかしかった。


 消えてなくなりたいとすら思った。



 自分を嗤うあの声が耳から離れない。


 結局その日はどうやって家に帰ったのかも覚えていない。


 ギルマスの部屋から出て、気が付いたら心配そうな妹のリエルの顔に覗き込まれていた。


「お兄、大丈夫だよ」




 あれだけの騒ぎだ。


 何があったのかなんて、当然リエルも知っているだろう。



 


 ユニークスキルを得て、もっとたくさん、美味しいものを食べさせてやれると思ったのに。


 もっと良い服を買ってあげられると思ったのに。


 ごめん。



 こんなお兄ちゃんでごめん。


 リエルもあきれているだろうな。


 馬鹿にされても仕方がない。


 失望されるに違いない。




 そう思っていたのに







「お兄? 元気出して?」


「リ……リエル?」



「お兄は、お兄だよ?」


「……」



「ユニークとか、スキルとかあってもなくても、あたしにとって大切で、大事な、大好きなお兄だよ?」


「……!」



「だから、元気出して? お兄を笑った奴なんか、あたしがぶっ飛ばしてやるんだから!」


「リエル……!」



「さあ、ごはんにしよっ! きょうはあたしが作ったんだからね? まあ、お兄やカル姉ちゃんには負けるけど、これでも毎日シスターのナタリー様に教わってるんだからね?」


「あ、ああ……! ありがとう! よし、じゃあ、いただこうか!」




「うん! たくさん召し上がれ!」



 

 

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