第2話 エルラン、幼少期

 【大穴の渡し屋】を営む14歳の少年、エルラン・ベルクス。



 両親は名の売れた冒険者で、若かりし頃には様々な国で活躍し、国からは名誉騎士爵の叙勲も受けていた。

 

 全10階層からなるネサナルのダンジョンを一番最初に踏破したのも両親二人だけのパーティーであった。

 


 世界各地を周った両親は旅の末、ここ、ネサナルの街に居を構える。


 そして、二人の子を授かった。


 名をエルラン。父の髪の色と母の眼の色を受け継いだ男の子。


 その4年後、母の髪と目の色をそのまま受け継いだリエルという女の子が生まれる。


◇ ◇ ◇ ◇


――エルラン6歳。


 人望ある両親の子に生まれたその周囲はやさしさと期待にあふれていた。


 街を歩けば、すれ違う大人たちはみな微笑みを投げかけ、子供たちは手を振った。

  



 だが、そんな両親のもとに生まれた二人の兄妹――特に兄であるエルランを快く思わない人間もまた存在した。


 国の英雄ともいえる両親のもとに生まれた男児。


 それに対するやっかみを持つ者たち。


 つまりは同年代の比較的裕福な層の子供達である。







 英雄の子だと言って大人たちにほめそやされる奴の事が気に食わない。


 いくら過去の英雄とはいえ、今は一介の街の住人に過ぎない。

 

 そんな奴の子供なんかより、街で偉い役職についている親の子である自分たちの方が偉いはずだ。


 偉いだけじゃない。


 能力だって、強さだって自分たちの方が優れているんだ。


 6歳になって街の「学院」――、比較的裕福な家庭の子息たちが通う、国が各地に創設した学校機関――に進学したその子らは、同じく学院に進学した同級生のエルランに対してそんな感情を抱いた。


 そして、自戒をしらない幼少期の子供の感情は、直ぐに行動に直結される。



「おい! エルラン! おれと勝負しろ!」


 幼いころから体格が良く、力も強かったベングトは、まだ素振りしか許されていない剣術の時間にエルランに挑みかかる。


 街の衛兵長である父から剣の手ほどきを受けているベングトは、その持てる力と技を全て使ってエルランを打ちのめした。





 ――見ろ。俺の方が強いんだ。


 ベングトは地べたに蹲るエルランを見下ろして悦に入る。


「何をしている! ああ、これはひどい。エルラン君! 立てるか? これから教会に行って神父様に診てもらおう」


 だが、どうしても優越感に浸りきれない。

 

 教会――。そうか、エルランは教会に行って……シスターに会えるんだ。


 幼年から少年に至る年齢でありながら、ベングトは教会の神父の娘でもある4歳年上の、すでにシスターの勤めについているナタリー・ステニウスに恋慕ともいえる感情を抱いていた。


 ナタリーは教会の娘であることから、よく教会に出入りする英雄と呼ばれるエルラン兄妹の両親とも交流が多く、この兄妹と仲のいい友人のように特に気にかけ事あるごとに声を掛けたりしていた。


 

 気に食わない。


 シスターがエルランを気に掛けることが。


「こら! ベングト君! 今日は素振りだけだと言ったでしょうが! 親御さんに報告しなくてはなりませんよ!」


 学園の教師が、街の衛兵長である親の事を気にして俺を腫れものように接することも。


「まったく! 英雄様に何と申し開きすればいいのですか!」


 周りの大人が英雄様を祭り上げ、その子に過ぎないエルランまでも祭り上げることも。  


―――気に食わない。



◇ ◇ ◇ ◇



――エルラン9歳。




 彼が9歳の時、冒険者の両親は依頼を受けて街を後にし、そして帰ってはこなかった。


 

 若かりし頃、世界各地を周って数々の英名をとどろかせた両親は長い旅の末、ここ、ネサナルの街に居を構える。

 

 近くに気軽に金策が出来るダンジョンがあることもさることながら、この街の雰囲気や住む人々の気風を気に入っての事である。


 なによりも、この地方の芳醇な大地の恵みである麦から作られる麦酒と、豊饒な大地で育った牧畜の加工肉の組み合わせを気に入っていた。


 長男エルランが生まれ母は冒険者の第1線から退き、その4年後に長女のリエルが生まれたことで父もまた冒険者家業からは退いた――はずだった。




 平和に暮らしていた家族のもとに、国からの使者が訪れる。


 国王の名のもとの直接指名依頼。


 幼子を二人抱えた夫婦は当然のごとくこの依頼を断りたかった。


 だが、国王の名の入った依頼は重い。


 断ることで有形無形の重圧が課されることは想像に難くなく、その後の家族の幸せな生活を考えると依頼を受けざるを得なかった。






 そして、エルラン9歳。その妹、リエル5歳。


 幼い二人の兄妹は、いつになるともしれない両親の帰りを待ちながら、互いに互い以外を持たないまま世間の荒波に放り込まれ、厳しい生活していかざるを得なくなったのである。


◇ ◇ ◇ ◇




 

 両親が帰らなくなってから、【祝福の儀】を受けられるまでの3年間。


 エルランとリエルの兄妹は地元の人たちの厚意に包まれて生きてきた。


 両親の庇護を失った兄妹の兄は、その学費を妹との生活費に充てるべく、月謝を払うことを断念し、街の「学院」を辞した。


 今、エルランが通うのは、教会で週3日、お金のかかる街の学院に行けない孤児などに向けた午前中のみ行われる「神学教室」。

 

 家に一人置いておけない妹を伴い神学教室に通う兄。


 その学びの時間以外にも、妹のリエルは教会に居続け、掃除などの手伝いをしながら併設されている孤児院の子たちとともに過ごす。


 自分たちの「家」を持っている兄弟は孤児院に入ることはかなわなかったが、孤児院の子たちとは同じ釜の飯で育っているも同様のごとく、昼食は孤児院でいただいていた。

 

 それでも朝食と夕食は自宅に帰って兄妹二人で摂りながら両親の帰りを待つという生活は続けている。

 

 孤児院の子供たちと兄妹は仲良く接してはいたが、帰る家があるという後ろめたさの感情からくる心苦しさがあり、心の底からは孤児院の子供たちと馴染めないリエルは自然とシスターの側で過ごすことが多くなり、シスター見習いのようなポジションが確立されてくる。


 エルランはエルランで、教会に甘えていることを良しとせず、授業のない時間は隣家の畑や牛や羊の世話の手伝いをしたり、冒険者ギルドに出入りしてギルド内の掃除や併設された食堂の手伝いなどで、野菜やお肉、小銭や客からのチップを細々と得ては兄妹の食い扶持を得て、妹共々お世話になっている教会に喜捨する日々を送っていた。










 





そして、エルランは12歳の【祝福の儀】の日を迎える。

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