10万人に一人のユニークスキルは1㎝しか浮かない空中移動スキルでしたが頑張って生きていきます

桐嶋紀

不遇の少年

第1話 大穴の渡し屋

「よう! コッコ野郎! 今日もせこいシノギしてんのかぁ?」


 ここは【ネサナルの街】の近郊にある、通称【ネサナルダンジョン】2階層に降りてすぐの【大穴】前。


 あからさまに相手を蔑視したような声を上げたのは、ネサナル村出身の年若き冒険者であり、今年14歳になるベングト・ヘードスである。


 彼は12歳の時に教会で受けた【祝福の儀】において、【戦闘(剣技)Lv2】【身体強化(筋力)Lv1】という近接戦に役立つ二つのスキルを得た同年代のエリートである。


 祝福の儀の場において、通常は一つしか得ることが出来ないスキルを2つも授かることは稀であり、しかもその両方が直接戦闘に特化したものであることは彼にとって、そしてこの街の衛兵長を務める彼の父にとっても誠に喜ばしいことであった。


 そんな恵まれたスキルを得た彼は、当然のように父の後を継ぐことを目指し、鍛錬を積むために【冒険者】の登録をして仲間とともに街の近郊のダンジョンで修練を積んでいる。


 そうして、今日も鍛錬を積むべくダンジョン2階層に降り立ったその時、半ば予想していた事ではあったが――【大穴の渡し屋】をしている同い年の少年を見て、心底相手を見下した言葉を放ったのだ。





 

 一方。のっけから心無い言葉をたたきつけられた、【大穴の渡し屋】を営む少年。

 

 同い年の相手からそのような言動を取られたとしたら激昂してもおかしくはない。


 彼もまた、身体も心も成熟途中の14歳の少年なのだ。



 だが、少年は微笑みを浮かべる。




「探索ご苦労様です! お客様、をご利用になられますか?」


 街の大店の商人にも負けない営業トークを繰り出していく。




「ああ、仕方ねえから使ってやるよ」


「毎度有難うございます! 5名様でよろしいですか?」


「ああ、全員だ」


「有難うございます! お代のほう、お一人様片道銅貨3枚になります!」


 


 

 ダンジョンの床に、銅貨15枚が投げつけられた。





◇ ◇ ◇ ◇



 【渡し屋】とは。


 ここ、通称【ネサナルダンジョン】の2階層に入ったすぐの場所、そして6階層には、幅5mにも及ぶ【大穴】が開いている。


 その大穴はダンジョンの通路幅いっぱいに広がっていて避けて通過することは不可能であり、また、上の階層からの階段を降りたすぐ目の前にあるため他の迂回路も存在しない。


 この大穴は深く、仄暗いダンジョンの中という事もあって上からはその底を確認することはできない。


 階層になっているダンジョンの構造上、その深さから下の階層へと通じているのではないかと予想してロープを伝って降りて確認しに行った冒険者も過去にはいたが、

街の道具屋で売っている最長のロープを3本も繋いで降り立ったその底にはただの床と壁が存在するのみで、2階層と6階層、いずれの大穴にも底には何もなかったことが冒険者ギルドの資料室にある記録には綴られている。


 そんな大穴のあるダンジョンを探索するために、冒険者たちは大穴を渡ることができるように梯子を持ち込む。  

 

 5mにも及ぶ大穴を超えるための梯子となると、長すぎてダンジョン内に持ち込むことが出来ない為、大人の身長とほぼ同じ180㎝のものを3つ繋げる連梯子が使用されている。


 当然、ダンジョンを攻略するという目的の為には、この大荷物は邪魔になる。


 過去にはこの大荷物を嫌い、大穴にあらかじめ梯子を設置しておこうと考えた者もいたが、ダンジョンの性質上、設置した梯子は1日もするとダンジョンに取り込まれてしまった。


 6階層以降の深層にまで探索の足を伸ばす冒険者たちは、二つの大穴を越えるために連梯子を持ち込むことはとなっている。


 だが、5階層までのいわゆる浅層を探索する者たち――初心者や実力が不足している者にとってはたった一つの大穴を越えるためだけに大荷物を持ち込むことは忌避されるのは当然のことであった。


 なにしろ、魔物と戦闘になれば、連梯子は邪魔になる。もともと実力に不安があるのだ。大荷物を背負った状態でまともな戦闘などできるものではない。

 

 梯子を投げ捨てて戦闘に臨んでもいいのだが、万が一戦闘の余波で梯子が破壊されてしまうと帰りの道が閉ざされてしまう。

 

 もしそうなれば、他の梯子持ちのパーティーが現れるのを大穴の前でひたすら待ち、そのパーティーに梯子を使わせてもらう交渉をしなくては街に帰ることが出来なくなるのだ。


 そのため、冒険者ギルドには連梯子を持ち歩くことを生業とした【梯子はしごポーター】が数多くいるのだが、彼らを雇うのにも当然金がかかる。

 

 その金額は、初心者パーティーにとっては一回の探索で賄る額を考えると足が出かねない額になる。






 そんな状況であるからして、この2階層に現れた【渡し屋】は一定の需要を得ていた。

 

 だが、数多くいる梯子ポーターのように、2匹目のどじょうを狙って商売敵が現れることはない。 


 何故なら、人口約8千人という少し大きめな街であるこのネナサルの近郊にあるダンジョンでも、この仕事をしているのはこの少年ただ一人。


 祝福の儀において、10万人に一人と言われる【ユニークスキル】を授かった者。


 【唯一・世界(空中移動)LV1】という、おそらくは国中でただ一つのユニークスキルを持つ少年、エルラン・ペルクスでなければ不可能な商売であるからである。


 

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