平穏な食卓

ㅤ人は一人で生きていかなければならないのです。生まれてから死ぬまで孤独なのです。幾度となく睦言を囁けどもそれにすら意味などないのです。だけど、そう、愚かにも悲しくも私達は一つになることを望み、温もりを求めるのです。


ㅤ寝台に横たわるあなたの左の胸に手を当てれば、とくとくと小気味よい音。私の胸からも同じ音。交ざりあって溶けて一つになれば良いのにと、ほっと溜息を一つ。少しずつ、少しずつ弱くなるあなたの音に物悲しさを覚えながら、私はその時を待ちます。あなたの音よりも時計の音の方が大きくなった頃、私は用意していた鉈であなたを小さくわけました。


ㅤあれほどまでに快活で生命力に溢れ羨ましいほどに躍動していた身体からは、もう、仄かな温もりの他に何も感じられません。思わずあなたを抱き締めました。喪失感と、僅かな歓喜。嬉しいのか悲しいのかもわからないまま零れる嗚咽に身を任せ、ぽたぽたと落ちる雫があなたの身体を濡らしました。涙が水溜まりを作り、海になる話をどこかで聞いたことをぼんやりと思い出します。それはきっとあなたから聞いたのでした。


ㅤ時計の鳩が二度鳴いた頃、泣いていてもなんにもならないので、私は先に進むことにしました。私よりもずっと小さくなってしまったあなたを鍋に入れ、ことことと煮込みます。まるでそれは夕飯の用意をしているようで、またあなたの気配を感じ、寂しさが胸に込み上げます。私が料理を上手にできないことを、あなたは一度も笑いませんでした。


ㅤ白いお皿の上のあなたと、フォークとスプーン。いつもの出来損ないのスープも、あなたのおかげでいつもの何倍も美味しそうです。そっと掬って一口。あなたが私の中に流れ込んできます。あぁ、なんて、素敵。あなたの最後の温もりを残さず飲み干して、そこで私は、ようやく安心できた気がしたのでした。

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