私たちの勇者様
ㅤそこは長閑な村だった。
ㅤ魔王の支配から逃れ、はや五年、ようやく復興を果たしたのだと言う。記念館にはかつての村の模型があり、現在とほとんど変わりない小さな村が鎮座していた。村の特産品だと言う花が育てられている畑も、いくつも見た。
「あの花をお茶にするんです」
ㅤ案内役の少女が言う。
「綺麗な青いお茶ができるんですよ」
「村長にご馳走になったよ。こんなに鮮やかな青は見たことがない」
「勇者様の御加護があるので」
ㅤふと思い出す。
ㅤそうだ、ここは、たしか彼が最初に訪れたと言っていた村だったか。
ㅤ記念館という名の施設は、こじんまりとした大きさに似つかわしくないほど仰々しい装飾が施されていた。扉を開くと、真っ赤な絨毯が敷いてあり、その先に一つ大きな水槽が置いてある。中にあるものはそれだけだった。水槽に近付く。初めに水槽の中に何かが在ることに気が付き、次にそれが人であることがわかった。
ㅤそして、
ㅤどうしようもなく、避けようもない、友の死がそこにはあった。そこに居たのは、間違いなく、勇者と呼ばれる彼であった。
ㅤかつて剣を握っていた腕は無く、万里を旅した足も無く、世界を一望した瞳すらなく。
ㅤ胸像のような姿になった友が、無数の管に繋がれて、円形の水槽の中に沈むとも浮かぶともない状態で、ひっそりとただ静かにそこに居た。静謐さすら覚えるその姿に息を飲む。これは、何だ。これが、共に語り明かした友人と同じものだというのか。
「私達の勇者様です」
ㅤ背後から少女の声が聞こえる。陶酔の色を滲ませたそれに、背筋が震えた。
「私達の勇者様は、世界に祝福をくださり、私達のもとにお帰りになられたのです。」
「私達の勇者様は、永遠に私達と共に生きていらっしゃるのです。」
「私達の勇者様の肢体を燃やした灰は、祝福をもたらしてくださいます。」
ㅤ気付いて、しまった。
ㅤ朝まだき、微かに明るんだ空の縁のような、そんな色をした、夢を語る友の瞳を思い出す。そして、特産品だというあの花のことを。
ㅤその場で蹲る私の背をさすってくれる少女の手は、どうしようもなく優しかった。
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