晩餐
「傲慢だなって思うよ。」
「何が?」
「そういうところが。」
ㅤ溜め息が出る。食卓に並んだ自身の体を見つめながら、私の目の前に座った彼は笑う。生白い手がフォークを掴み、ステーキの欠片をこちらの皿へと載せた。
「蛆がわいても食べろだなんて言ってないのに?」
「それを言われたらもう海に捨てる。」
ㅤ酷い人だとでも言いたげに、彼は笑った。席を立ち、こちらへと近付いてくる。
「食前酒をどうぞ。」
ㅤボトルを傾ける彼の手首から滴る鮮血がワインに混ざり、グラスを満たした。
「これはもうあと、2、3日かな。」
「人間は血液を消化できないんだよ。」
「でもほら、もったいない。」
ㅤあっけらかんと笑う彼の手首に既に傷は無い。これは、何なのだろうか。亡霊か、あるいは混乱した精神が見せる幻なのか。私が彼を殺したその日から見えるようになった彼の姿をした何かは、生前の彼とは違い、よく喋るしよく笑う。そして、いつも決まって食事の席に現れた。
「だってほら、一人の食事ってつまらないでしょう?」
ㅤ初めて会った夜、左腕をソテーにしている私の前に現れたそれは言った。まるで招かれた客人のように席に座る彼の前に食器は無い。私が触れることはできないが、彼は食器などに触れることはできるらしい。先程のワインのようにだ。あるいはこれも、幻なのか。だって私は彼の血液をワインのボトルに入れた記憶が無いのだから。だけどもたしかに血の味がする。何がなんだかわからないが、彼とのお喋りはたしかに楽しい。
「責任とって、全部食べてね。」
ㅤこれも初めて現れた夜に彼が言ったことだ。本当は、記念に少しだけもらおうと思っただけだったのだ。せめてもの思い出に、一度きりの晩餐のつもりだった。左腕以外はしっかり土の中に埋めて眠ってもらおうと思っていた。だけど彼が言うのだ。残さないでね、と。
ㅤもしも目の前の彼が私の生みだした幻でないのなら、生きてるうちに言ってほしかったな、とフォークを口に運んだ。
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