不治の病

ㅤ鬼の腕だと言って差し出されたのは、痩せこけた幼子の腕のようだった。これを食べれば不治の病が治るのだと言い、幼なじみは無邪気に笑った。私はそれがきっと偽物であるのだろうと思いながらも、彼の腕から受け取ったそれを食んでみた。舌に絡みつく血液の匂いに嘔吐く。これは肉だ。何かしらの肉ではあるらしい。とうていこのままで食べられるものではない。


ㅤ腕を突き返しどこからこんなものを持ってきたのかと問うと、少年は裏手の窓を指さした。曰く、山から鬼が降りてきたのだという。ノロマな鬼だったぁとカラカラと笑いながら、少年は、私が食んだ跡をなぞるように鬼の腕に舌を伸ばした。腕に滲んだ血液よりも赤い舌が、生白い皮膚の上を這う。私の為に持ってきたのではなかったのだろうか。そのまま自分で食べてしまいそうな勢いの少年に、言う。


--煮るか、焼くか、してくれないと、とてもじゃないが食べられない。

--貧弱だなぁ。

--ヒトだからね。


ㅤ鍋には穴が空いてしまったと言うので、私の家のを使うといいと言った。生の肉など食べたら、それこそ病に侵されてしまう。あれが鬼のものだというのなら、そんな心配も無いのかもしれないが。喜び勇んで台所に向かう彼の後ろ姿を見ながら、ふぅと溜息がこぼれた。


ㅤ不治の病は彼の方だ。彼は鬼にとらわれている。ずぅっと昔、幼い彼が家に帰ると、彼の両親が肉塊になっていた。元がなんであったかもわからないくらいにぐちゃぐちゃに食い散らかされた両親を見て、彼はしきりに鬼の仕業だと叫んだ。本当は、きっと、野生動物か何かだった。ほんとのところはわからないが、そうなのだと思う。それから彼の頭の中には年がら年中鬼がいる。鬼に会っては危ないからと閉じ込められたこの家の中では、とくにすることもなく、彼の戯言に付き合うことで何かしら不利益が出るわけでもなく。はしゃぐ声を聞きながら、明日のことを考えた。


ㅤところで、今日は妹の帰りが遅い。

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