あの子になりたかった。
ㅤあの子はいつも泉のほとりにいた。黄金色の髪を風に遊ばせて、歌を歌っていた。あの子は私のことを見ると、決まって妖精と呼んだ。絵本に出てくる妖精と見た目がそっくりなのだそうだ。頬を紅潮させ、あまりに純粋な水晶の瞳でこちらを見つめてくるので、私は泉の側では妖精で居ることにした。
ㅤあの子は、いつも決まって夕暮れどきに姿を現した。オレンジに染まった泉のほとりに立つあの子こそ、妖精のようだった。その少女は、夏の間だけ森を抜けた先の別荘に遊びに来ていると言った。夕日に照らされた水面に手をつけて遊び、畔で摘んだベリーを一緒に食べ、迎えが来たら帰る。それが、日課だった。
ㅤ毎日教会の鐘が鳴る時間になると、迎えがやってくる。少女よりも3つか4つほど上の年頃であろう少年が迎えに来る。彼は、私に会釈をすると、少女の元へ向かい、手を引いて連れ帰った。
ㅤある日、いつものように泉に行くと、知らない少女がいた。短く切りそろえられた小麦色の髪に、既視感を覚える。しゃがみこんでいた少女が立ち上がり、エプロンドレスのスカートが風になびく。彼女がおもむろに振り返り、そこで私はその人があの少年であることに気が付いた。
「こんにちは。」
ㅤ私に気が付いたらしい少年が言った。彼と言葉を交わすのは初めてだ。挨拶を返すと、彼は微笑んだ。口元が赤い。よく見ると手元も赤く、ベリーでも摘んでいたのかと思う。
「何をしているの?」
「あの子がいつも、妖精を見ていると言うので。」
ㅤ彼は秘密でも打ち明けるような声で言い、握っていた手を開く。目が合った。見慣れた青い瞳が、ところどころ赤くくすんだ瞳が少年の手のひらの上でこちらを見つめている。少年は、至極嬉しそうにその目を口に放ると、飴玉でも食んでいるかのように、噛み潰した。
ㅤ彼の肩越しに、泉に浮かぶ少女が見えた。
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