第5話

 今日も気まぐれだった。

 天気も雨だし、でも私は縁側へ出て煙草を吹かす。

 そう言えば、昔こうやってよくお茶を飲んだな、ということを思い出す。

 しかし今の私は、それを思い出すことはできても、実感することができない。

 なぜなら、

 「お、にゃんこ。」

 「おいで、餌あげるよ。」

 「ほら、好物だろ?」

 餌付けをしている、ほんの一年くらいかしら。だからもうほぼ飼っていると言っても過言ではないのだろう、が、私はこいつを家に上げたりはしない。

 こいつは何も分かっていないようで、ただ私の足元にまとわりついて、少しじゃれてくるだけだった。

 老体になると、嫌でたまらない。

 起き上がるのも億劫だ、生きるのもめんどくさい、私、昔はもっとアグレッシブだったのよね、なんて笑ってしまう。

 「まあ、いいか。」

 

 「正弘まさひろ。」

 「何だよ、早く言えよ。」

 「私、止めないから。分かってるでしょ?」

 「分かんねえよ、お前の気持ちなんて。そんなに一人で生きたいんだったら、生きろ。」

 「うん、そうね。」

 別れのセリフはそんなものだった。

 「ねえ、お姉ちゃん。」

 「………。」

 中空を見つめる姉は、やはり美しかった。

 あまり自分に自信のない姉だったから、誰かにきれいって言われることはあまりなかったけれど、私は誰よりも知っていた。

 とても美しく、きれいだってこと。

 「ごめんね、たばこなんかふかして。でも少しだけ許して、私も少しは、息を抜きたいの。」

 「………?」

 姉はこうやってたまに、不思議そうな顔で私を見つめている。

 その心情が、どうなっているのかは分からない。

 けれど私は、気持ちを強めたまま、全てを捨てる覚悟を持っている。

 

 「私が、思っているのは、あのさ。」

 「………。」

 私は自分の体が不自由になってしまったことを悟っている。

 だから、何度もみちるに話しかけているじゃない。

 でも彼女は答えない。

 もしかしたら、私にはもう彼女の言葉は聞こえないのかもしれない。

 けれど、

 私は幸せになって欲しかった。

 まだ、あの子には人生がある。

 まだ、幸せになれるの。

 だから、お願い、みちる。

 私は手を合わせた、そしてみちるの向かって叫んでいた。

 どうせ届かないなんて、思ってすらいない。

 私の全力は、

 「え?」

 「…え?」

 え?

 雨が、気付けば止んでいた。


 化粧をするなって、男は言う。

 くだらないことをするなって、女はかしづく。

 でもね、本当はそんな物、いらないんだ。

 

 いつも、彼らは笑っていた。

 それだけが強く、焼き付いている。

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見つめていたんだ @rabbit090

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