第3話

 姉は何てのろまなのだろうと、いつも思う。

 ため息すらつきたくなる、あんた馬鹿じゃないのって。

 けれど彼女を壊さないためには私は弱い妹のままでいて、その子を保護する優しい姉を、演じさせなくてはいけない。

 私は、分かっていた。

 父母に、売られたのだということを。

 姉は薬を飲まされていて気づいていなかったけれど、私は意識がもうろうとしながらも、すぐに吐き出して少量だけの摂取に止め、私たちを連れて行った野郎共と、父母が話しているのを聞いてしまったのだった。

 「この子たち、眠っているから、とっとと連れて行って。」

 突き放すように話していた。

 母は昔からそういう女だった。

 一方父は、「あの…えっと、よろしくお願いします。」と、優柔不断に言い母の顔色を伺った。

 私はやっぱりショックだった。

 人買いに売るだなんて、何考えてんのよ。いい加減にしてよ。

 本当に叫び出したくて、あいつらに殴りかかりたくてたまらなかったっていうのに、体は動かなかった。

 呆然としたまま、意識は消えて行った。

 私は、世界を恨んだ。

 

 「はあ…。」

 今思い出すだけでもぞっとする。

 あの薬の影響なのだろうか、まだ頭が上手く働かず記憶も拙い。こんなんじゃ社会になんて出れないって思うけれど、私は平気だった。

 私には彼氏というか、フィアンセがいる。

 彼がいるから、もう世界など怖くはなかった。

 「ひいくん。」

 「みつる。」

 私は、彼のことを馬鹿みたいにひいくん、だなんて呼んでいる。

 なぜか、私の頭の中は麻薬を吸ったように現実感を失っていて、いや、今まで失っていた現実感を取り戻したという表現の方が正しいのかもしれない。

 何より、私はいつも笑っていた。

 そして、ひいくんはいつも、神妙な顔をしていた。

 私のことをどうやら、可哀想な人間だと思っているのかもしれない。けれど、実際はどうなのかな、それは本当に分からないのだった。

 「もう結婚するってマジかよ。」

 吐き捨てるようにひいくんは言った。

 馬鹿だなあ、ひいくんから言ったくせに、男って本当に面倒くさくてたまらない。こういう所は、姉よりも執拗で、うっとおしいとさえ思っていた。

 「じゃあ、いいよ。私は別の人と結婚するから。」

 「…分かったよ。そんなこと言うなよ。」

 そうやって焦っているひいくんを見ていると、はは、と吹き出したくなる。

 人間って愚かだ。

 そして、私も愚か、私はもっと愚か、そういう風に繰り返していると、高笑いまで出てしまって、ひいくんに気味の悪い物を見るような目で見られた。

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