常日頃/同行者
その日の夜は、父さんや母さんが早く帰る日だったので、三人で夕食をとった。
僕の好きな生姜焼きと、炊き立ての白いご飯。一日歩き回って岩の巨人とも戦った僕は、それをかき込むように食べていく。
「よく食べるねぇ。ずっと外にいたの? 肌、日焼けで赤くなってるよ」
「今日もシミ探ししてたからかな……そんなに赤い?」
「赤い。ちゃんと日焼け止め塗りなさいねー。脱衣所に置いてあるから」
「はぁい」
「今日は何か面白い形を見つけられたのか?」
母さんに返事をすると、今度は父さんが問いかけてくる。恐竜っぽい形とか巨人みたいなコケとか。答えると、そうかと父さんはうなずく。実際はよく分かってないと思う。
「あきないねぇミツル。ただの模様みるの、そんなに面白い?」
「同じ形ってひとつもないからさ。それに――」
『境界紋』という不思議な模様もある。だけどそれを明かしたとして、父さんも母さんも信じないだろう。っていうか、言うべきじゃない。
「――色んなシミを見てたら、僕のアザの事も前より分かって来たし」
代わりに、僕は自分のわき腹のアザについての話をする。
いつの間にか浮かんでいたアザ。ずっと正体が分からず、何の形も当てはめる事が出来なかったアザが、今では『境界紋』であると分かっている。
もちろん、これもくわしく教えるわけにはいかないんだけど。僕がアザの話を持ち出すと、「なるほどねぇ」と母さんも父さんも納得した雰囲気になった。
「おまえは、小さい頃からそのアザに夢中だったからな」
「かもね」
両親からも言われるほどに、僕はこのアザを気にしていた。
不思議で面白いと思っていた時期も、不気味でいやだなと思っていた時期もある。
でも今は……このアザが、正真正銘あの時に見た世界やあいつとの繋がりだと分かって、前よりもっと好きになっていた。
「……ここが翼で、こっちは爪かな……」
ご飯のあと、風呂に入ろうとした僕は、脱衣所で自分のアザを観察する。
転写の影響か、僕は以前よりもアザに形を当てはめられるようになっていた。
答えを知ってからパーツを考える、なんてちょっと邪道だけど、それはそれで面白い。
あと少し何かをつかめたら、あいつの姿も分かると思うんだけど。
(キッカケ。キッカケかぁ……)
一体、なにが僕らのキッカケになるんだろう?
考える僕は、ふと今日の戦いでアスドゴルドに言われたことを思い出す。
『なるほど、破滅の力。アナタは恐ろしいモノを抱えていますね』
『なんとしても止めなくては。アナタ自身の為にも』
破滅の力。アスドゴルドは僕の『境界紋』を、恐ろし気な言葉で表した。
あいつ自身、「世界を破壊する」と口にしていたし。それってどういう事なんだろう?
(本当は、あいつの力を使わない方がいいのかな)
そんなことを僕は考える。
いいや、逆のハズだ。あいつの力が危険なんだったら、あいつの名前をちゃんと知って、あの力を使いこなせるようになるべきなんだ。それに……
(名前を知らないままじゃ、友だちになれない気がする)
……僕は願っていたのだ。
幼い頃に出会ったあいつが、夢でなく本当にいると知ってから。
力を使い、声を聴いて、あいつの実在を僕自身が信じられるようになってから。
あいつと仲良くなりたい。友だちになりたい。
きっと昔から、僕は無意識にあいつを追い求めていたんだろう。
だからシミを好んで、アザの形を知ろうとし続けた。
もう少し頑張れば、僕はあいつの名前を知れるんだ。
「最後の一個で、なんとしてもキッカケをつかむぞ!」
*
問題は、最後の『境界紋』の所在だった。
何日か町を歩き回っても、これという成果が出ない。
「見つかりませんね、最後の『境界紋』……」
「SNSにもそれらしい情報無いし、ちょーっと困ったねぇ」
木陰の下、名桐さんが買ってくれたスポーツドリンクを飲みながら、僕らは今後の作戦を練る。少なくとも、今のままでは見つからなさそうだ。
「マズいですか、これって。『境界紋』がそのままになってると……」
「んーや、騒がれてないってことは、まだ境界の影響が少ないってことだから」
時間はあると思う、と名桐さんは言う。
確かに言われてみれば、今までも水や電気、コケといった奇妙な影響が表れていた。
もしも見つかり辛い場所に『境界紋』が表れていたとしても、そうした影響はだんだんと強くなっていく。見つからないという事はつまり、まだ表れてないか、表れたばかり。
「しばらくは手分けするのもアリかもね。私もその方が自由に動けるし」
「分かりました」
名桐さんとは、三日ほど別行動を取る事になった。
今まで二人でシミを探し歩いていたから、本音を言えば少し寂しい。
だけど、僕と別行動なら、名桐さんはもっと行動範囲を広げられるし、時間の都合も付きやすいだろう。報告の場所を決めてから、その日は解散とする。
手掛かりが飛び込んできたのは、翌日の学校だ。
「秋目君。また面白そうなシミを見つけたんだけど」
「本当っ!? ……っていうか漆原さん、本当にすごいね。こんなに毎回」
「え? 私、最近は見つけられて無かったと思うけどな……」
休み時間。話しかけてきた漆原さんに僕が答えると、彼女は首をかしげる。
「私、記憶力良い方だから。秋目君と話したなら忘れないよ」
(そのセリフを聴くのが二回目なんだよね……)
心の内で思いながらも、「僕のカン違いだった」と謝った。
漆原さんは海龍やホウメツの『境界紋』を教えてくれたけど、紋が消えたことで、記憶は彼女の中から消えてしまった。
「……。秋目君、何かごまかしてない?」
でも、僕の態度に納得が行かなかったのか、漆原さんは僕をじっと見て更に問う。
黒縁メガネの奥のするどい瞳が、僕の顔をしっかりと映している。……あやしい。
「べっ、別になにも?」
だけど僕は言い張った。漆原さんは実は忘れているだけで、本当は大事な『境界紋』を二度も見つけてくれた恩人なんだよ……なんて正直に話したところで、困らせるだけだ。
「そう。別に、隠す事ないのに」
「なにも隠してなんか……」
「緑の髪の女の人と歩いてたでしょ」
周りに聴こえないように、小さな声で彼女が言い放つ。
なんで、それを。おどろくと同時に疑問を抱く。なんで今その話を?
「確かに一緒にいたけど……どこかで見たの?」
「一昨日、塾の前に見かけたよ。女の人、美人だからちょっと目立ってた」
「そうなんだ……」
確かに、名桐さんは背も高いし美人だ。
目撃されたのが漆原さんだったからいいけど、クラスの男子だったら、からかわれてたかもしれないなぁ、と今更に僕は考える。
「なに関係の人? 親戚?」
僕が認めたからか、漆原さんは興味津々な様子で問い詰めてくる。
『封紋師』をしている『境界紋』関連の師匠、なんて言っても伝わらないだろうから、僕は考え込んで、別の言い回しで伝える事にする。
「シミ探しの同士だよ! あの人も色々な形のシミを探してて、最近この町のシミを一緒に探してるんだ」
「本当? ……平日の昼間から? それ、大丈夫な人……?」
「あははっ。大丈夫だよ、それが仕事みたいなことらしいから!」
漆原さんの疑問に、僕は笑いながら答えた。
確かに、僕が趣味でしているようなことを毎日のようにしてる大人って、不思議か。
「クリエイターかなにかなのかな……にしても、最近一緒に、かぁ」
納得のいく答えを自分で探しながら、漆原さんは小さくつぶやく。
名桐さんの事をこれ以上聞かれたら、流石に僕も答えられない。そう思った僕は、そのスキに話題を変えようと試みた。
「それよりさ、漆原さん! さっきまたシミの話、してくれたけど」
「ああ、うん。ちょっと遠いんだけど、秋目君が好きそうなシミが……」
言いながら、段々と漆原さんの声が小さくなり、止まる。
どうしたのと問うと、彼女は目を伏せ、しばらく間を置いてから答えた。
「一緒に行ってもいい?」
「……シミ探しに?」
「その、遠い場所だし、秋目君だけじゃちょっと迷うかもしれないし!」
なるほど、そういうことか。
漆原さんの様子が変だと思ったら、僕だけでたどり着けるか心配してくれていたらしい。
「それじゃあ、一緒に行こうか! 僕も漆原さんとシミの話、したいと思ってたし!」
もし漆原さんの見つけたシミが『境界紋』なら、見つけた記憶と一緒に消えてしまう。
だけど、それでも。僕は漆原さんとした約束を、どこかで果たしたかったのだ。
「今日の放課後、図書館の前で待ってる」
「うん。今度はちゃんと約束、守るからね」
僕が答えると、漆原さんはきょとんとした顔でうなずいた。
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