20話
女の子が好き。
成瀬さんはそう言った。
私だって男か女かどちらが好きかと言われたら女の子と答えると思うけれど、多分そういうことじゃない。
「えっと、恋愛的な意味で?」
「うん。そう。LikeじゃなくてLove」
「そう、なんだ......」
どうしよう。成瀬さんに何て声をかけてあげれば良いのかわからない。
ネットで聞いたことはあっても身近にそういう人はいなかった。
いないと思っているだけで、意外と近くにいたのかもしれないけど、少なくとも私は知らない。だから、こういう時に言うべき言葉を持ち合わせてはいなかった。
「ごめんね。困らせちゃったね」
悲しげな表情のまま微笑む成瀬さん。
「星乃さんを困らせたくて伝えたわけじゃないんだ。前に遊びに行った時に迷惑かけちゃったからそのお詫び....みたいな感じ」
「それに――」
「もう星乃さんとは会わないようにするからさ」
え?なんで?なんでそんなこと。
「なんで......」
「え?」
「なんでそんなこと言うの!?」
「ほ、星乃さん?ちょっとおちつい..」
「落ち着けるわけないじゃん!なんで、そんな、私は!」
激情のままに成瀬さんに詰め寄る。
そんな言葉が欲しくてここまできたわけじゃない。
「せっかく友達になれたのに!成瀬さんは私と出かけるの、嫌なの!?」
「いや、そういうことじゃなくて....」
「じゃあどういうことなの!?」
「ちょ、ちょっと、星乃さん落ち着いて!ほら!深呼吸!」
言われるままにすぅー、はぁー、と深呼吸。
「うんうん。落ち着いてきた?」
「落ち着けるかぁ!」
落ち着けるわけがない。
大体、成瀬さんは自分勝手すぎる。
この間だって勝手に帰っちゃうし、黙って話を聞いていれば、今度はもう会わないようにするなんて言い出すし。
「成瀬さんは勝手すぎるよ!最初に声かけてきたのはそっちだし、イヤホン忘れてたのだって成瀬さんだし、この間遊びに行ったのだって成瀬さんから誘ってくれたんじゃん!」
途中、関係ないことが混ざってしまったけど、まあいいや。
とにかく、成瀬さんのせいで私は「誰かと一緒に過ごす時間」の楽しさを知ってしまった。
責任を取ってもらわないと困る。
「....いいの?」
「何が」
「わたしと友達でいてくれるの?」
いつもの成瀬さんからは考えられないほどか細い声で、そう呟く。
「いいに決まってるじゃん!」
後先考えずに成瀬さんをぎゅっと抱きしめる。
私の想いが届くように。伝わるように。
多分、今の成瀬さんには言葉だけじゃ伝わらないから。
「......わたし、こんなだよ?気持ち悪くないの?」
「気持ち悪いと思ってるなら、抱きしめたりしないよ」
この社会では多勢が正とされ、それ以外は「変」というレッテルを貼られ傷つけられる。
環境が変わることで剥がれて傷も見えづらくなるかもしれない。
けれど、決して消えることはなく、ひょんな出来事で跡が浮かんできたり、傷口が開いたりして再び蝕んでくる。
成瀬さんはきっと、私が想像もつかないくらいにいろんな経験をしてきたのだろう。
きっと、その時の傷が癒えないまま今も苦しんでるんだ。
だから、私の前から消えようとしている。
そんな成瀬さんに私がしてあげられること。
「――決めた。私、成瀬さんの一番の友達になるから」
成瀬さんを抱きしめたまま、そう告げる。
「だから、私の前から勝手に消えるなんて許さない」
「....いいの?わたしなんかが友達で....わたし、女の子が好きなんだよ?それは悪いことで、気持ち悪い....ことで......」
成瀬さんの頬を涙が伝う。
これを最後の涙にしてほしい。
次に泣くときは嬉し涙を。
そう決めて、言葉を紡ぐ。
「誰かが、そう言ったの?」
「そ、それは....」
成瀬さんが下を向く。
それが答えだった。
「性別なんて、くだらない」
「え?」
「私は成瀬さんが好きだから友達になりたいって思ったの。それに、成瀬さんが私を好きになるわけないじゃん」
呆然とする成瀬さんに構わず話し続ける。
「女の子が好きだからって、誰でも好きになるわけないよね?普通に考えて」
「それは....そうだけど」
「だよね。それに、他の人がどう思うかなんて私には関係ない。友達いないし」
「でも....」
そこまで言っても、成瀬さんは一歩が踏み出せないようだった。
だから私は――。
「私を信じて」
それだけ言って、もう一度ぎゅっと抱きしめた。
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