始まりのバンダベア
第1話
土曜日の午後ということもあり、ゲームセンターの中は、人で溢れかえっていた。人ごみをかき分けながら進んでいくこと数分、ようやくお目当ての場所にたどり着いた。
筐体の中を覗き込んでみると、15cm程度のぬいぐるみがポツンとひとつだけ鎮座していた。どうやらこれがコラボグッズらしい。黒色のクマで目が×印になっており、口からは長い舌が飛び出している。体の部分は、海賊旗に書かれているような骸骨の形をしており。お世辞にも可愛いとは言えない。
「まあ、バンドのマスコットだし、仕方ないか」
せっかく寄ったのだし、何も取らずに帰るのは勿体無い。
とりあえず財布の中から百円玉を三枚取り出し、そのうちの一枚を投入した。軽快な音と共にボタンが光る。まずは横。次に前。しっかりと位置を確認しつつ、ボタンを離す。最初はしっかりと掴んでいたのだが、上に上がった振動で落下してしまう。一度で取れるとは思っていなかったので、もう一度百円玉を投入。しかし、今度は上に上がり切る前に落下してしまう。
「これで取れなかったら帰ろう」
そう決めて最後の百円玉を投入する。
最初に掴んでから取り出し口まで、一度も緩むことなく、無事に私の手元までやってきた。
「やっぱり、あんまり可愛く無いな」
明日には押入れの番人になっているのでは無いだろうか、そんなことを考えながら、なんとなく歩いていると、何やら声が聞こえてきた。
「あれ、無くなってる!」
声がする方を見てみると、私と同年代くらいの少女が、私がさっきまで遊んでいた筐体を覗き込んでいた。顔はよく見えなかったが、胸にかかるくらいの長さの黒髪で、休日なのになぜか制服を着ている。
「仕方ないよ。今日が発売日だし、諦めな?」
「うーん。補充されないのかな....。もうちょっと粘っていい?」
「ごめん、あたしそろそろ帰らないと....」
「あ、大丈夫だよ。また明日ね!」
「ごめんね。また明日!」
友人らしき少女は下の階へ降りて行くが、黒髪の少女は筐体から少し離れた場所へ移動しただけで、帰る様子はなかった。どうやらぬいぐるみが補充されるまで待つと決めたらしい。ポケットからスマホを取り出して何やら操作し始めた。
「このぬいぐるみが好きなのかな。物好きだな」
まあ、趣味は人それぞれだし。それに、ぬいぐるみを取った私が言えたことじゃ無いな。なんて考えていると、店員がぬいぐるみの補充にやってきた。3個ほど補充をした後、鍵が閉まる。
すると、待ってましたとばかりに黒髪の少女がやってきて百円玉を投入する。
なんとなく、物陰からひっそりと眺めることにした。私には気がつく様子も無く、次々と百円玉を投入していくが、一向に取れる気配はない。見ているだけなのに罪悪感に苛まれ始めたのでそろそろ帰るか、と歩き始めた時だった。
「あ、それバンダベアじゃん!」
「....何それ」
いきなり話しかけられたので、ついタメ口で話してしまう。
「きみが持ってるそのぬいぐるみの名前。わたしも欲しくてさ。でもなかなか取れないんだよね」
「はあ....」
「さっき二回くらいで取ってたよね?」
正確には三回、とは言わない。というか言えない。自分のコミュニケーション能力の低さを呪いつつも、なんとか返事をする。
「まあ....」
「あのさ、お金は出すから取ってくれない?どうしても欲しいんだけど、なかなか取れなくて....。お礼もするし!」
「え....。うん....」
急な展開すぎて頭がついていかない。勢いに気圧されて、つい了承してしまった。
「やった!ありがと!」
意図せずとはいえ、了承してしまったものは仕方がない。覚悟を決めて筐体の前に立つ。
「取れなくても怒ったりしない?」
「もちろん!」
「じゃあ、三回だけね。それで無理なら諦めて」
「おっけー!」
三百円くらいなら心も傷まない。意を決して一枚目の百円玉を投入した。
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