第3話 ミストストーカー
俺は今、れおなと二人で学校からほど近い喫茶店にいる。
れおなに呼び出しを食らったので、逆に時間と場所を指定してし返してやった。
まあ、それはいいとして、まさかれおなが白百合女学園高等学校の制服で来るとは思わなかった。
真夏ということもあり、ブラウスは半袖で、お嬢様学校らしい高級そうなデザインの赤リボンに、チェック柄のスカートは短め。
無論、この喫茶店は俺の学校からほど近い場所なので、健気なカノジョがわざわざ遠くのカレシに会いに来てる、みたいな構図が演出されて、周りの連中にはリア充爆発しろと思われていることだろう。
まあ、それも、よくはないがいいとして。
俺は運ばれてきたコーヒーを一口啜り、れおなの目の前に置かれたオレンジジュースをさりげなく見る。
「おい、どうした。それ飲んだらさっさと帰ろうって約束だったよな」
「進、私ね、ついに気付いたのよ。もしかして進は、私と一緒にいることが苦痛なんじゃないかって」
「まあ、そうだな。それはずっと言ってるし今さらな気もしてる。どうしたんだよ急に、そんな当たり前のことを言って」
「私は何をすればいいわけ? 進はいま私のカレシなのよ。私は進のカノジョなの。コーヒー一杯、ジュース一杯飲んで終わりなんて、そんなのは制服デートとは言わないと、私は思うの」
こいつって、自分の都合のいい方に持って行きたいときだけ会話が噛み合うんだよな。
「まあ、カレシっていっても役だからな。雰囲気だけ味わえればお前の役作りもうまく行くんじゃないか」
れおなは、俺の言葉を聞くと、目をまん丸くした。
そして、少し間を置いてから口を開いた。
「進がそこまで私のこと考えてくれてたなんて、うん。やっぱり頼むなら進しかいないって改めて確信した」
「おいおい、カレシ役はもう引き受けてるだろ。これ以上いったい俺に何をさせようって言うんだ?」
「……私ね、いまストーカーされてんのよ。割とマジで。でさ、この前ユマにも電話で相談したんだけど、ユマも進ならなんとかしてくれるって言ってくれててさ」
「おい俺をさらりと危険に巻き込むな――って、ユマが? え、ユマが?」
「そうよ。進の大好きな、ユ、マ、がそう言ってくれてるのよ」
「お前そこで人様の恋人を盾に使うのはどうかと思うぞ。人として」
「なにいってんのよ、進はいま私のカレシでもあるじゃない。ならカノジョのために一肌脱ぐのは、カレシとして当然でしょ。あれ、ちょっと待って、これって進が二股してるってことになるんじゃない?」
こいつ本当に何言ってるんだろう。
記憶のストックの限界が五つとかしかないんじゃないだろうか。
「忘れるな、れおな。俺はあくまで、か、れ、し、役だ。役。役役。ユマのお願いで仕方なくお前のカレシ役を引き受けてるだけで、それ以上でも以下でもない。俺がお前を好きになるなんて万に一つもない」
俺はれおなから目を逸らして、コーヒーを飲む。
「はあ、わかってないわね。進。私は未来の大女優なわけ。それを踏まえて考えてみなさい。あなたがそんな適当な態度だと役作りがうまくいかないでしょ。もっと真剣にやりなさいよ」
「……お前どうしたんだよ、今日はえらく会話が噛み合うな。そんなのはれおなじゃない。俺の知ってるいつものお前じゃない」
れおなはオレンジジュースを一口飲んで、はあーっとため息を吐いた。
「私がまともなこといっても取り合ってくれないのは進の方でしょ。ストーカーに悩んでるってのは本当なのよ。だから私は進に助けを求めてるんじゃない。一緒にストーカーを撃退して欲しいってお願いしてるのよ」
れおなの真剣な眼差しが、俺の瞳にまっすぐに向けられる。ビー玉のような美しい瞳が少し潤んでいるように見えて、一瞬ドキッとしてしまった。
なんだよ、こいつ。急にただの女の子みたいな顔しやがって。
まあ、中身はあれでも、れっきとしたSTAR★FIELD☆GIRLの現センターなんだもんな。普通に会話できりゃ、そりゃ可愛いさ。
あくまで外見的な話だけど。中身はあれだけど。
「いや、なんていうの。お前が撃退できないストーカーってのが……ちょっとなぁ。だってお前、相手が誰でもつっかかっていくだろ。猪みたいに。そんなお前がストーカーに困ってるとか、ちょっと信じられないっつうか、相当やばいやつなんじゃないのか。そのストーカー」
「否定はしないわ。やばいのよ、とにかく。なにがやばいって、なんかこう、話が通じないのよ」
「ドッペルゲンガーの話か?」
「だからさ、とりあえず進がしっかりカレシのフリしてくれたら、役作りをするためのいい材料になると思うし、ストーカーも撃退できて一石二鳥じゃない。だからお願い、協力して!」
「おい待て。だから、そのストーカーって誰なんだよ。それがわかんなきゃ、どう対処したらいいかもわからないだろ。俺とお前が親密なフリして、そいつが逆上したらお前の身に危険が及ぶかもしれないんだぞ」
「……う、うん。なんか、ごめん」
れおなは急にしおらしくなったかと思うと、ぱーっと顔を赤くして、オレンジジュースをちびちび飲み始める。
……な、なんだ、こいつ。さっきまでの威勢はどこに行っちまったんだ?
「お、おい。だからだな、そのストーカーについての情報をだな」
「ちょっと待ちなさいよ。いま余韻に浸ってるんだから」
「はい? なんの? え? なんで俺が怒られてるのか、ちょっとわからないんだけど」
「と、とにかく。店を出たら私の家まで送ってよ。私の身に危険が及ぶかもしれないなら……そ、それこそ、進が一緒にいてくれた方が安心だし。ほら、私ってめちゃくちゃ可愛い女の子だから。ストーカー以外にも変な人に襲われちゃうかもしれないし」
俺にとっての変な人はお前だ。
まあでも、こうなってしまったら仕方がないよな。
そのストーカーに暴走されでもしたら、れおなに危険が及ぶ。
俺がついていながら何もできなかったとなれば、ユマの信頼を失う。
それは避けたい。
「じゃあそれ飲んだらお前んちまで送るから、それで解散な」
「うん……ありがと」
な、なんなんだよ、本当。
このしおらしさが嵐の前の静けさなんてことはないよな……
会計を終えて喫茶店を出た俺たちは、そのままれおなの家までの道のりを並んで歩く。
「おい、くっつくのは……ルール違反だぞ」
「ちょっとだけよ。ちょっとだけ。ちょっと腕組むぐらい、普通のカップルならみんなやってるでしょ。減るもんじゃないし」
違うんだ。
当たってるんだ。
腕になんか柔らかいものが。
ユマだってこんなに密着してくることは滅多にない。俺とユマはお互いに心と心のスキンシップをしながら、タイミングを見て少しずつ距離を詰めて、イチャイチャしてるんだ。だから、お前がまるで当たり前みたいにくっついてきやがるのは、なんか違う。
「進。しっ。ストーカーが接近してきた。絶対後ろを向いちゃダメよ」
「……接近してきたってどれくらい近づいてきたんだ?」
「めちゃくちゃ離れてるけど……目をこらせばわかるってぐらいのところにはいる」
「なるほど、だから足音が聞こえないわけだ。なんなら……俺がちょっくら行ってこようか?」
「ば、バカ。危ないまねしちゃダメでしょうが」
「……うーむ」
まるで霧につけ回されてるみたいだ。
れおながここまで弱気になるということは、おそらくそのストーカーというのは相当用心深いやつなんだろう。
そういや、れおなの方から何度か注意をした、っぽいことを、さっき聞いたな。話が通じないやつだって。
れおなは猪だ。相手が誰だろうと、おそらくガンガン突進していく。注意をされてびびったストーカーが、距離をとってつけ回しているという線が濃厚か。
「もうちょっとこっち寄って」
「……ちょ、お前」
れおなが俺の耳元でささやいてくる。やわらかな感触のものがぎゅーっと押し付けられて、もう勘弁してくれって、俺の中のれおな鬱陶しいゲージが、どんどん溜まっていく。
……とはいえ、だ。
……ストーカーという存在に慣れてる俺とはいえ。
やはり、実際に、こうして俺以外の誰かがストーカー被害に遭ってるというのは、問題だ。
しかも、それがれおなってのがまた。
こいつのことは嫌いだけど、本心から嫌いってわけじゃない。
こいつの、こういう顔は見たくないし、させたくもない。
何より、ユマの信頼を損ないたくない。
俺は、れおなに気付かれないよう小さくため息を吐いて、そのままれおなの歩幅に合わせて歩くことにした。
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