第2話 恋人と疫病神の狭間で
その日の夜。
ラフな服に着替えて俺の部屋にやってきたユマに、れおなの件について確認してみた。
ちなみにユマはアイドルを卒業してから、今まで思うように取れなかった勉強の時間を、この機会に取り戻すかのように、勉学に勤しんでいる。
下校時間ギリギリまで学校に居残り、帰宅後はそのまま自室に籠もって、机に向かいっぱなし。
やはりユマは努力家だ。
「あー、れおなのカレシ役の件だよね。いいよ。多分、れおなも進くんにしか頼めなくて、進くんを信頼して頼んできたんだと思うし。親友のお願いは無下にしたくないからね」
ハーフアップに編み込まれたピンク色の髪をくすくす揺らし、ユマは笑いながら答えた。
やばい。可愛い。俺の彼女超可愛い。俺は思わず見惚れてしまったが、すぐに気を取り直して話を続けることにした。
「そんなこと言っていいのか、ユマ? 俺とれおなが本当の彼氏彼女になって、浮気とかしちゃうかもしれないんだぞ。俺とユマが一緒にいられる時間が減ることにもなるんだし」
「ふふ。進くんは冗談が上手いね。進くんが浮気しても大丈夫だよ。わたしが目を覚まさせてあげるから。わたし、五日あれば相手が誰だろうと進くんの洗脳をとく自信があるよ? もちろん、ちょっとはお仕置きもするけどね。ふふふ」
「お、お仕置きってたとえば?」
「それは秘密。でもね安心して進くん。私ね、進くんには痛い思いとか絶対させたくないから、工具はちゃんと選んでるんだよ。どっちかって言うと、気持ちいいことだから、その時は全部わたしに身を委ねて欲しいかな。まあ、進くんが浮気することなんて絶対にないと思うけど。ふふ」
「うん。絶対しないよ。絶対」
……ゆ、ユマ。
なんかその笑顔怖いよ?
ストーカー時代の名残か、なんか怖いよ?
いやまあ、ユマが俺を信頼してくれているのはわかる。
嬉しいし、ありがたいけど……俺はれおなの奇行に付き合うつもりなんてさらさらないし、あいつに振り回されることを考えるだけで、気が重い。
「てか、その……俺はさ、ほら……れおなの無茶ぶりに付き合ってる暇があるなら、その時間をユマと一緒に過ごしたいと思ってるんだけど……」
「ふふ。嬉しい。でも、わたしの親友の頼みだから。お願い進くん。ね?」
ユマにこんな可愛い顔されて、断れる男はこの世にいないと思う。
「わかった……。でも、ユマにはこれだけはわかって欲しい。俺は本当にれおなになんざ、これっぽっちも好意なんてないし、あくまでフリだからね?」
「もぉ、わかってるってば。むしろそうやって何もない感じを強調されちゃうと、逆に本気っぽく思えて……ちょっと妬いちゃう」
おうふ!
どんどん妬いてくれ。
ユマの可愛いところをもっと見せておくれ。
「そっか、そっか。ならいいんだ……」
「ふふ。あ、そうだ。わたしから進くんにお願いしてるわけだから、何かご褒美をあげたいんだけど……ね、何がいいかな?」
「……え、ゆ、ユマが。俺に? ご褒美? もうそんなのありすぎて、逆に困るけど」
「ふふ。例えば?」
ユマは俺の耳元に口を寄せて囁いた。
「進くんはどんなご褒美がいいの? ……キスとか?」
……ふひょう、くそう!
そんな可愛い声でそんなこと言われたら、今すぐ押し倒したくなっちゃうだろ!
「き、キスしちゃったら、ユマの歯止めがきかなくなると思うけど?」
「……わたしだけ? 進くんはわたしにはがっついてくれないの?」
「……そ、そんなことは。ゆ、ユマ。本当にわかってる? 俺は男なんだよ。そういう挑発を女の子の方からしちゃうのは、無防備すぎるんじゃない?」
「ふふ。……わかってて言ってるって言ったら、進くんはどうする?」
……ふひょう、くそう!
そんな可愛い声でそんなこと言われたら、今すぐキスして押し倒したくなっちゃうだろ!
俺の彼女可愛すぎか!?
ああもう!! 可愛い! 俺の生涯ただ一人の推しが可愛すぎる!
と、そんな一人ツッコミを脳内で繰り広げている時だった。
やかましい着信音が鳴り響き、ちらっとスマホの画面を覗いてみると、そこにはやかましい女の名前が表示されていた。
「進くん、電話」
「ああ、いいんだいいんだ。それよりもユマとの時間を大切にしたい」
「も、もう……進くんったら」
ユマは照れた顔をしながら、少し頬を赤らめて笑った。
……まだ電話が鳴ってやがる。さっさと諦めて切れよ。
よし、音量をゼロにしよう。
ポン! ポン! ポンポンポンポンポンポンポン! ……れ、れおなのやつ、電話をかけながらラインでスタンプ連打まで……。
無視だ、無視。
ポンポンポンポンポンポンポンポンポン!
……クソうざいな。
「ね、進くん、もしかしてれおな?」
「あー、うん」
「電話に出てあげたら? きっとれおな、進くんがカレシ役になってくれるのか不安で、不安で仕方がないんだよ」
ユマが優しい笑みを浮かべる。俺の恋人は本当にいい子だ。
……ええい、れおなめ。
仕方ない。電話に出てやるか。
『ちょっと進! あなたどんだけ時間かかってんのよ! ちょっとユマに確認するだけでしょ! それで、したの? してないの?』
ぶっちん。
ユマの手前、怒りを表情筋のありとあらゆる方面へと逃がして笑うことしかできない。
『あはは。うるさいぞ、れおな。お前はあれか、人の神経を逆なでする星の下で生まれたのか?』
『てことはオッケーってことね!』
『ちょちょちょ、それはそうなんだが、俺は今オッケーなんて一言も言ってなかっただろ?』
『ほらやっぱりそうなんじゃない。なんか進、ちょっと機嫌がいい感じがしたし。そこにユマもいるんでしょ? ちょっと変わって』
こいつバカなのか、勘が良いんだか、なにがなんだかわからないな。
「すまんユマ。……れおなが変わってくれだって」
「うん。いいよ」
俺はユマにスマホを手渡す。
ユマはれおなと電話を始めた。
ああ、れおなのせいでせっかくのキスもお預けだ。キス以上のこともできたかもしれないのに、それもお預けだ。
ちょっと残念……。
いや、かなり残念だが仕方ない。
「え? そうなの? れおなそれ大丈夫なの?」
『大丈夫だって。進がなんとかしてくれるわよ。なんたって私のカレシ役なんだから』
「ふふ。そうだね、進くんならきっとうまいことやってくれると思うよ」
おいおい。なんの話だ。
俺の名前が出て来てるのに、どうして当事者の俺抜きで話が進んでるんだ?
さっぱりわからないが、どうも嫌な予感がする。
ああくそったれ、れおなめ。
やっぱりお前は疫病神だ!
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