第24話 晒されたココロ
楽屋に戻ると、四人は先ほどのステージで見せた輝きなどまるで感じさせない様子でメイクを落としていた。
マオさんがみんなに労いの言葉をかけていく。
璃々愛は感極まったのか、唇をギュッと嚙みしめながら目を潤ませていた。
やり切った、という安堵感と、また一歩夢に近づいたという実感が沸々と湧き上がってきたのだろう。
綺羅さんはそんな璃々愛を後ろからそっと抱き留めていた。
ユマとれおなはいつも通りだ。場慣れしてるからか、それとも天性のものなのかは分からないが、いつもと変わらず平然としている。
「お疲れ様、みんな」
「ふふっ、進、私のステージどうだった?」
れおなはドヤ顔で俺にそう聞いてくる。
まあ今日ぐらいは素直に答えてやるとしよう。
「よかった。最高によかった。みんなすっげーキラキラしてた」
「でしょー? ふふーん」
れおなは鼻高々にそう言い放った。
「進くんもお疲れ様。ちゃんと見えてた? わたしのこと」
「ああ、もうばっちりだ」
ユマの問いかけに自信満々にそう答えると、ユマは嬉しそうに笑った。
その笑顔にドキリとした。
ああ、やっぱりユマは最高だ。
汗できらめいたその笑顔が最高に輝いて見える。
だが、いつもより遠く感じるのはなぜだろう。
いやもともと遠い存在だったということはわかっている。
近づきすぎたせいで、近くにいるように錯覚してしまっているのもあるかもしれない。
それでも……俺はまだユマと一緒にいたい。その思いは消えるどころか、増すばかりだ。
その気持ちが何なのかわからないほど子供でもないのだけれど、それを自覚してしまったら最後、アイドルであるユマとの距離感がつかめなくなってしまうんじゃないかと思ったり思わなかったり、今日もまた心がせめぎ合っていた。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、マオさんが俺の肩をポンと叩いた。
★
ミュージック・グランプリはSTAR★FIELD☆GIRLの優勝で幕を閉じた。
後日、ミュージック・グランプリ優勝の旨が書かれた手紙と表彰状、トロフィーなどが事務所に送られてきた。
昨年の視聴率を大きく上回っており、審査員からは優勝に相応しいパフォーマンスだったと称賛されていた。
スタ女はこれからもアイドル界をにぎわす存在として、大きく取り上げられることになる。
「あの、プロデューサー」
「外じゃないんだ。固い呼び方はよしてくれ。何だい、進くん」
俺とマオさんは社内のカフェテリアで二人きりだった。
「いやー、今回のミュージック・グランプリ……どうしてマオさん自らステージに立たなかったのかな、と」
「わかりきったことを聞くんだね?」
マオさんはそう言ってコーヒーを口にした。
「逆に質問をしよう。キミはボクがステージに立った方がいいと思うのかい?」
「それは……」
「なるほど。欲しいのは答え、か。ボクを通じてキミは自分の気持ちを整理しようとしてるんだね」
マオさんはなんでもお見通しだ。
いや、俺がわかりやすいだけか。
俺の気持ちを見透かすように、マオさんが続けた。
まるで教え諭すかのように、優しく……でもどこか強く芯の通った声で。
「なぜボクがステージに立たなかったか、という質問だったね。簡単だ。それはボクの能力が皆よりも劣るからさ。何をすれば最高のパフォーマンスになり得るか、それを見極める神眼はあっても、技術はない。キミのいう通り、この業界でボクよりも才能のある人物など星の数ほどいるからね」
「そ、それは……でも」
「星は掴めない。いくら手を伸ばしても。人間の
マオさんは俺の目をしっかりと見て言った。
心を見透かされたような気まずさと、それでも背中を押されたような安堵感に心が揺れ動いた。
「俺は自分がまだ何者にもなれてない存在だってことを自覚してます。なのに……分不相応な夢を見ています。前はこんなこと一ミリも思わなかったんですけどね。俺は、星に近づきすぎてしまったんでしょうか?」
「ふむ。現場の空気感を肌で感じ取って、ユマとの距離感に戸惑いを覚えたんだろう? ボクにはキミの葛藤が手に取るようにわかるよ。なぜならボクも同じ気持ちを抱いていたから」
「マオさんが?」
「まったく違う感情ではある。キミの視点はあくまでファン。ボクの視点は同じアイドルとしての立場だ。ユマとの差に悩まなかったことなどないさ。見えてはいるんだ。でもそこに手を伸ばそうとした瞬間、翼は焼け落ちる。イカロスのようにね」
「……確かに、似ているのかもしれませんね。まったく違う視点ではありますが」
「キミとユマの関係性は特別だ。特別すぎるが故に見えなくなってしまうものも多いだろう。でもそれでいいんだよ進くん。キミの視点でしか見ることができないものをしっかりと見るんだ。それがきっと、誰かを輝かせる方法なんだよ」
「誰かを……輝かせる?」
「ああ、そうだとも。そう言えば綺羅がキミに話したいことがあると言っていたよ」
「え、綺羅さんが……ですか?」
マオさんはコーヒーを一口飲んでから立ち上がって言った。
「ああ、待っているはずだ。行ってあげるといい」
「あ……はい」
俺はカフェテリアを後にして、綺羅さんを捜しに行った。
★
「ここだよ間宮っち」
ビルの屋上のベンチで綺羅さんは待っていた。
その表情はいつもの不敵さはなく、どこか儚げに見えた。
「えっと、話って……」
俺がそう切り出すと、綺羅さんは空を見上げながら言った。
「にゃはは、もうお仕事は慣れたかにゃ?」
「はい、それはもちろん」
「そっか、それはよかった」
イエローカラーのセミロングが風に揺られて綺羅さんの顔が隠れる。
「こうしてゆっくりと話すのは久しぶりだね。懐かしいなぁ、地下にいた頃を思い出すよ。あたしとマオにゃんとユマちの三人で始めの一歩を踏み出した日のこと」
綺羅さんは空を見上げたまま、懐かしそうに言った。
俺も空を見上げる。どこまでも青く澄み渡る空は、まるで宝石をちりばめたようで美しい。
「俺も懐かしく思います」
「お、やっぱファン第一号として感慨深いにゃ?」
「そうですね……あの、それで綺羅さん、俺に話って」
「うーん、話というよりはお願いに近いかもしれないにゃ」
「お願い?」
「そそ。強制でもないし、決めるのは間宮っちだから、断っても全然平気だけど、あたしは間宮っちにお願いしたいにゃ」
「俺に、ですか?」
「うん。ユマちの翼を壊さないで」
「……え?」
「いやなにね? 間宮っちはこの業界と関わりをもったのが最近だからピンとこないかもだけど、あたしやマオにゃんくらいになると色々と見えちゃうんだよね。ねー間宮っち、ただのファンであるキミとこの先世界で輝くユマちが結ばれるなんて、あたしは間違ってると思う。アイドルは偶像なんだよ。ファン第一号のキミが自分の手で偶像を壊すなんてことはあってほしくない。あたしはスタ女のことを第一に考えているの。でも今のキミはユマちのことしか考えていない。キミがユマちとの『約束』を肯定しちゃったら、ユマちのアイドル人生はそこで終わっちゃう」
どうして綺羅さんがそのことを。
俺は驚愕に目を見開いた。
俺とユマの『約束』のことをなぜ綺羅さんが知っているのか、いやマオさんや麗麗も知っていたことだ。今さらそれを詮索したところでどうにもならない。
「だから、あたしはキミにお願いするしかないんだよ」
「綺羅さん……」
「あたしも間宮っちのことは認めてるよ。これはホント。でも、それとこれは別なの。あたしはどうしてもユマちを輝かせたいんだよ。だから」
綺羅さんは俺に近づいて、手を握った。
「お願い。あの子の翼を壊さないであげて」
「……俺は、俺はっ……」
「ひどいよね、あたし。進くんとユマの幸せを第一に考えるべきなのに、結局はあたしのエゴを押し付けている」
俺は、どうするべきなんだろう。
ユマのことは好きだし、ずっと一緒に居たいと思っている。でも俺といるよりも輝いている姿を見たい気持ちもある。
アイドルとしてのユマを応援し続けたい俺と、ユマと添い遂げたいと願う俺。
その道の狭間で一歩を踏み出せずにいる。進むべき道は一つだけなのに。
俺はまだ、自分がどうしたいのかがわからない。
真宮寺ユマという最高の『推し』と、どういう関係を築けばいいのかが、まだはっきりとしないんだ。
俺のドルオタ人生……マジで、いつから、どこから変わってしまったんだろ。
俺はどういう立ち位置から、ユマの笑顔を見ていたいんだろう。観客席から? それとも一番近くで?
まとまらない気持ち。
整理できない心。
近頃、感じていたもやもやの元凶を、すべて綺羅さんに晒され、俺はただ押し黙ることしかできなかった。
「次のシングルでユマちは必ず一位をとるだろうね。タイムリミットはあと一週間。それまでにユマちとどうなりたいかを真剣に考えて。あたしはただ自分の気持ちを伝えずにはいられなかったから。それじゃ、ばいばーい」
そう言って綺羅さんは、ひらひらと手を振って屋上から去っていった。
その後ろ姿からは迷いが消えているように感じた。
「翼を壊さないで、か」
それは綺羅さん自身のことを言っていたのかもしれない。
先日のミュージック・グランプリで、あの人はユマの光の翼となった。
そして、俺はその光に魅了され、ユマとの間に明確な壁を感じてしまった。
ファンとアイドル。
その壁をはっきりと認識してしまった。
それでも、俺はユマのことを想うと胸が熱くなる。
初めて出会った日のこと。あの日から俺はずっと……真宮寺ユマのファンだったはずだ。
答えはもう知っている。本当は解りきっているはずなのに、答えを出すのが怖くて仕方がないんだ。
そんなモヤモヤを抱えたまま、さらに数日の時が過ぎていくこととなった。
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