第23話 推しには光の翼が生えている

 APの仕事も順調に覚えてきた。

 マオさんの教え方が的確すぎてこの人には人の思考を読み取る超能力でもあるんじゃなかろうか、と疑ってしまう。

 

 休日は丸一日、平日は学校帰りに出勤して、データを取ったり新しいロゴのデザインの企画書を提出してみたり、仕事内容は多岐にわたった。


 マオさんについてみて分かったことは、プロデューサーはマネージャーではない、ということ。ただしマオさんはマネジメントもすべてやる。

 でも一番に考えるのはやはり集客の方法だったり、どのコードが今は大勢の人の耳に刺さるのかという曲の研究だったり、ビジネス的な方面だった。


 大筋の企画があって、それが目標となっており、そこから枝分かれするように小さな目標がある。

 見える化が完璧に出来ている状態なので、目標を達成できないと思うメンバーが誰一人いないという圧倒的プロデュース能力の高さ。


 この人ならIT業界を牛耳ることもできるのではないか、と錯覚する。


 何よりすごいのは、マオさんは『芸能界』というもやもやっとした大きな世界に左右されないチームを作り上げたこと。

 芸能界にはいろんなものが渦巻いてるらしい。陰の実力者、なんていう比喩表現が当てはまる人が本当に実在しているらしい。


 その方たちに食い物にされないよう、出演するテレビや映画、グラビアの撮影なんかもマオさんの判断で厳選されている。


 能上大明神様さまさまだ。


 また、その仕事をホンキで取りたいと思ったなら毎日その仕事をくれる権限を持っている人の下へと足を運べ、だとか、有効なのはフリーランスを名乗ってその会社に契約社員として潜り込む、なんて方法もあるらしい。組織が拡大すると、部署同士がいがみ合っている会社が多いらしく、正社員ではない人間だからこそ心を開かせることができれば何でも話してくれるようになり、一気に事が進むとのことだった。


 な、なんか恐ろしい手段とは思った。


 マオさん曰く、ビジネスの世界で生き残る秘訣は二つだけらしい。

・プライドを持たないこと。

・使えるものは何でも使うこと。

 なるほど、納得のいく話だった。


 とにかくマオさんは働き方というものを熟知している人である。


 そんなマオさんがこの企画だけは何が何でも成功させなきゃいけない、と意気込んでいたのがミュージック・グランプリである。

 ここで結果を残すか残さないかで目標への道のりが大きく変わるらしい。


 大丈夫。ユマは絶好調だ。

 ユマほど歌唱力の高いアイドルは他にいない。


 俺がユマを推してるからとか、そんなんじゃなく、事実としてそうなのだ。

 ユマのポテンシャルの高さは俺だけじゃなく、今や世界が注目してるはずだから……うん、いけるいける!


 ★


 そしていよいよミュージック・グランプリの日がやってきた。

 会場は超満員。審査員は五人。その中には大城美友という日本の音楽界の重鎮も入っている。


 俺とマオさんはその様子をモニタールームから見つめていた。

 ポップ界のカリスマシンガーのマネージャーさんだったり、どこどこの企業の社長さんだったり、有名なプロデューサーや作詞家、作曲家さんとか、そういう人たちがいる中、俺は緊張していた。


「いいロックだね。音圧がすごい。この音楽はアイドルには手が届かない領域だ」


 マオさんはモニターから目を逸らさずに言った。スタ女の出番はまだで、超人気ロックバンドがミュージック・グランプリのトップバッターだった。


「な、なんか、画面越しでも、オーラが違うのがわかりますね」


「当然さ。今モニターに映ってるバンドは世界で活躍してる人たちだからね」


「せ、世界。ま、マジですか」


「当然。数々のアワードを獲ったアーティストもたくさんいるよ。だがユマとれおなと璃々愛ならやり遂げてくれるさ。彼女たちはこんなところで躓く器じゃない」


「ま、マオさん。他の関係者の方もいらっしゃるのでそういうのは……」


「なに気にすることはない。大きい声で言ってあげなさい。STAR★FIELD☆GIRLが今宵のMVPだってね。それともキミはユマたちのことを信用していないのかい?」


「いやユマならできます! 大丈夫です!」


「ふふっ。さすがはボクが見込んだ男だね」


 マオさんは満足げに笑って、モニターに視線を戻した。

 そんな話をしていたらいよいよスタ女の登場だ。


「……え、あれって、綺羅さん?」


「ふふっ、キミには言ってなかったね。ユマとれおなと璃々愛のサポートに集中して欲しかったから余計な情報は不要だと思ったんだ。ボクは今企画で最初から綺羅をバックダンサーとしてつける予定だった」


「でもこの番組って、歌の祭典……ですよね?」


 しかも生放送の。


「進くん。キミは動画サイトで『ミュージックビデオ』のある音楽か『ジャケット』だけの音楽か、どちらを再生する?」


「あ……そ、そういうことか」


「飲み込みが早い。そうだよ。人は聴覚だけで、いい歌かどうか判断をしているわけじゃない。それだけでいいなら世の中には音源しか溢れていないし、МADやMVやライブなんていう概念もきっとなかっただろう。視覚を通じて脳を揺らす。そうすることで聴覚は一つ上の次元へと押し上げられるんだ。それともう一つ」


「……空気感、ですか?」


「正解。綺羅は間違いなく世界でもトップクラスのダンサーだ。進くんも知っているだろ。あの子はずっとユマの翼だった。会場の空気が一気に変わるよ、その目でしっかりと見届けなさい」

 

 マオさんはそう言って俺の肩を叩いた。

 ……いよいよだ。ユマ、れおな、璃々愛、綺羅さんの四人がステージに上がると、大物MCの芸人さんが喋り出した。

 

 回しが終わり、MCアシスタントのタレントさんがそのトークを切り上げた。

 音楽が流れ始める。


 イントロ中は四人の息の合ったアニメーションダンス。

 そしてれおなと璃々愛と綺羅さんの三人が後ろに回り、センターのユマが歌い始めると、会場の空気が一変した。

 いい意味で空気感が重くなり、みんながユマに釘付けになっているのが分かる。

 そこからはれおな、璃々愛と交互にセンターに立ち、AメロBメロの部分を三人で歌い上げ、サビでは四人が並びで歌唱。

 

 間奏、ダンスパートは綺羅さん。


 ここで初めてセンターに綺羅さんが踊り出る。さっきとはまた違ったダンスのジャンルではあるが、キレッキレの動きで観客を魅了する。六歩からのスワイプス、そして次々と大技をこなしていく。高度なブレイクダンスを難なくこなし、歌の祭典でありながら、本日一番の盛り上がりを見せる。


 、そんなわかりきったことを解説したくなる。


 曲調もアップテンポで、観客はノリにノっている。

 そんな空気を一気に変えてしまうのが、ユマの歌声であった。


 時間が止まる。綺羅さんがはける。ユマが一歩前に出る。ソロパート。静まり返った会場が、まるで嵐の前の海のようだった。人魚がひとりこの世界に迷い込んで歌を歌い始めたかのよう。


 ソロパートが終わる。次のサビは四人だ。来る。あらかじめ決まっていた立ち位置でユマとれおなと璃々愛が歌い出す。その瞬間、観客席という名の海が、荒れ狂いだした。

 ……波が打ち寄せるように、波紋が広がるように、会場の熱狂は最高潮へと達する。


「――マオさん。もしかして審査員ははなから眼中になかったんですか」


「まあね。誰もがこう思ってるだろう。日本発祥のアイドルがテイラーやビヨンセに追いつくことは一生ないだろう、と。でも、エンターテイメント性という武器を手に入れたとき、その世界は変わる」


「世界が、変わる」


「条件さえそろえばアイドルの独壇場ってことさ。観客がこれだけ盛り上がっているにも関わらず、うちを推さないなんてことになったら、審査員ひいては大城美友に疑惑の目が向けられるだろう。みんながいつも通りのパフォーマンスをできるか、ボクが懸念していたのはその一点のみだった」


 マオさんは俺の肩にそっと手を置いた。

 麗麗から色々聞いたときは、この人のことが少し怖くなった。


 でも、第一にスタ女のことを考えて、スタ女の成長のために戦略を練るマオさんはやっぱり尊敬できる人だと思った。


 という編集のきかない環境で、専門家ばかりが審査員を務める番組の中で、この人はアイドル界に新しい風を吹かせるつもりなんだ。


 そして歌い終わり決めのポーズ。ユマのちょうど後ろにいた綺羅さんがワンハンドラビットという逆立ちの大技を決めた瞬間だった。

 片手で自分の体重を支えながら足を交互に入れ替える瞬間、ユマに光の翼が生えたかのように見えた。


 、俺はそんな感想を抱いたのだった。


 STAR★FIELD☆GIRLは、ミュージック・グランプリの優勝を勝ち取った。

 その光景を目の当たりにして俺は今まで感じたことのない感情が芽生えた気がした。


 多分それは、感動というものなんだろうと思う。


 それと同時に、少しだけユマが遠い存在に見えてしまった。

 それでも、この気持ちを否定することはしたくないと思った。


 俺はやっぱりSTAR★FIELD☆GIRLのファンなんだ。APという大役を仰せつかったとしても、その根底にある気持ちは、変わらない。


「楽屋に戻ろう。労いの言葉を考えておきなさい」


 マオさんは全てを見透かすかのようにそう言って、また俺の肩を叩いた。

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