幕間
幕 間 STAR★FIELD☆GIRL
STAR★FIELD☆GIRL。
それは神話。
STAR★FIELD☆GIRL。
それはアイドルの中のアイドルたちが集う、伝説のグループ。
通称、スタ
ドームを丸ごと一つ貸し切ったライブは、今この瞬間――最高の盛り上がりをみせている。
メンバーは全部で八人。
それぞれが、個性の強いアイドルたちだ。
そして、圧倒的センター、
彼女の歌声とパフォーマンスは、いつも俺の心を鷲掴みにする。
ドームを埋め尽くすファンたちの熱気は、天井をも突き破る勢いだ。
ライブ衣装に身を纏い、きらびやかなステージの上で歌い踊るアイドルたち。
そして彼女たちの歌声が、ダンスが、照明の光が――観客たちに夢のような時間を与えていく。
その夢のような時間が、いつか醒めることがわかっていても、願わずにはいられない。
いつまでもこの時間が続いてほしいと。
そんな願いを嘲うかのように、ライブはクライマックスを迎えてゆく。
会場のボルテージは最高潮に達し――ついに、ラストソングが始まった。
ドームを埋め尽くす、八色のペンライト。
眩く輝く光の奔流が、色とりどりの虹のように煌めいて。
まるで天へと伸びる架け橋のように、ステージを彩っていく。
俺はその光景を、この目に焼き付ける。
そして、胸いっぱいに息を吸い込むと――大声を張り上げる。
ライブの終わりが、夢の終わりが近づいていることを本能的に察知して、会場全体が今日一番の盛り上がりを見せる中――俺の声はかき消されて、誰の耳にも届かないだろう。
それでもいいと思った。
届けることが目的ではないのだから。
これはきっと、ただのエゴだ。
「ユマぁぁ――っ!」
俺の、心からの叫び。
それが、ステージ上で歌う彼女に届くことはないのだろう。
でもそれで構わない。
これはただの自己満足なのだから。
俺は最後まで、ユマの歌声を聴き続けた。
ユマは歌い踊り続けた。
ドームを埋め尽くした、五万人のファンたちとともに……。
――STAR★FIELD☆GIRLはやっぱり最高だぜ。
★
「お疲れ、れおな」
「おつー、ユマ。もう体中べっとべとなんですけど。アイドルがサラサラとか幻想すぎ。むしろドロドロ」
ライブ終わり。
更衣室ではパフォーマンスを終えたばかりのアイドルたちが、汗だくで衣装もそのままに疲れた体を休めていた。
「……リリちゃん、もう限界。病む。シャワー浴びたい」
そう呟くのは、姫カットの艶やかな黒髪をツーサイドアップにまとめた、リリアたんこと
メンバーの中で唯一の黒髪。インナーカラーはライトグリーン。
地雷系アイドルのカリスマ的存在で、SMS上で『病む』などのマイナスな発言を連発しても、ファンたちから擁護されるという稀有なアイドルである。
「璃々愛もおつかれ」
「ユマせんぱーい、リリちゃんもうだめです。死ねます……ぐはっ、もうむり」
「よしよし。頑張ったね、璃々愛」
衣装のまま倒れ込んできた璃々愛を抱きとめて、労うユマ。
璃々愛はライブ終わりにいつも、こうしてユマに甘えている。
いつもの光景だ。
他のみんなも、その光景を微笑ましく見守っている。
「てかユマ。あなた最後すごかったわね」
れおなが、ユマに声をかける。
ユマはライブのラストで、曲に合わせてソロ歌唱を披露していた。
その圧巻のパフォーマンスには、会場全体が度肝を抜かれて、静まり返るほどだった。
まさかこの大舞台で、あんな大胆なアドリブをやってのけるなんて――と誰もが驚きを隠せなかったほどだ。
「そうでもないよ。でも、五万人は見えていなかったかな」
「いや、まぁそりゃ五万人全員が一気に見えるわけないでしょ。ドームよ? このバカでかい会場を、埋め尽くしたのよ?」
「いつも来てくれるファンの人を見つけたんだ。私のパフォーマンスに驚いて、喜んでくれているのがわかった。だから、それがすごく嬉しくて――つい、やりすぎちゃった」
そう言ってユマは照れ笑いする。
そんなユマの反応に、れおながやれやれといった感じで肩をすくめた。
「あなたね……たった一人のファンのために歌ってたとでもいうわけ? 問題発言よ、それ。まぁいいわ。とにかくお疲れ様」
「うん、みんなも本当にお疲れ様」
ユマがそう言うと、他の八人もそれぞれ思い思いに、ライブの感想を言い合う。
彼女たちもみんな、やりきったというような表情で、充実感に満ち溢れているようだった。
(届いてたよ進くんの声。わたしの想いは、ちゃんと届いてた?)
ユマは一人、心の中で呟く。
ファンの熱狂を肌で感じて、ユマの心もひどく昂ぶっていた。
(進くん……わたし、がんばるから)
――必ず、約束を守るから。
ユマはそう決意して、自分の掌を見つめるのだった。
★
着替え終わった八人が、楽屋で一息ついている。
璃々愛は、ユマとれおなの会話に聞き耳を立てていた。
「ね、ユマ。さっきの話の続き。もしかしてあなた、ファンの中に好きな人がいるとか?」
「ふふっ、どうしたのれおな。もしいたとしても、秘密だよ」
「あー、怪しい。さてはあなた、すでに付き合ってる人がいるわね?」
「さぁ、どうでしょう。でも、大切な人がいるのは本当」
「あー、やっぱり。誰よ、言いなさいよ」
「どうしよっかなぁ。うん、じゃあヒントだけ。彼はね、わたしのファン一号なんだ。それ以上は、教えてあげない」
「私は結成メンバーじゃないからわかんないわよ。誰なのよ、あなたのファン一号は?」
「それは秘密」
「リリも興味ありまーす。ユマ先輩の好きな人、どんな人なのか教えてください」
「もう璃々愛まで。ふふ」
話題は、ユマの好きな人へと移る。
璃々愛はにこにこしながら、その実、胸中はどす黒い感情に包まれていた。
(アイドルのくせに……ファンを好きになるとかおかしいでしょ。こんな浮ついた人が、圧倒的一位? ナンバーワンアイドル? あーうざ。ホント嫌い……ユマ先輩ってムカつく)
璃々愛は、ユマに尊敬と憧れの念を抱いている反面、ユマのアイドルらしさを憎悪していた。
彼女の天性のアイドル性に、尊敬と憎しみが同居しているようなものなのだ。
そんな璃々愛の気持ちなどつゆ知らず、ユマは楽しげに話している。
璃々愛の内心にはまるで気づかない様子で、その表情はとても穏やかだった。
(……まぁ、いっか。どうせいつか絶対に潰すし。ファンにうつつを抜かすような人には、リリちゃん絶対に負けないから……)
璃々愛は密かに決意する。
「聞いてユマ。最近さ、私も良いなって思う人ができたのよ」
「へえ、誰か素敵な人でもいるの? どこの事務所に所属してる人?」
「そういうんじゃないんだって。ユマと一緒。芸能人じゃない」
「うそ? ほんと?」
「うん。私のことを一番に考えてくれるっていうか、混じりけのない気持ちで推してくれるっていうか」
「れおな、それってすごく素敵だよ。どんな人?」
「うーん、ちょっと天然入ってるかも? でも不思議と一緒にいると落ち着くんだよね。この前もさ……」
(なんなの、この人たち……頭わいてる?)
盛り上がるユマとれおなに、少し呆れつつ……璃々愛は心の中で毒づく。
「あ、それ絶対いい人だよ。目許はどんな感じ?」
「一重でさ、いつも眠たそうな顔してる。身長はこれぐらいで、で、ちょっと寝ぐせとかあるわけ」
「それ、絶対かっこいい人だよね? れおなって意外と見る目あるんだ」
(この人たちの感性……バグりすぎ。寝ぐせついてる男の……どこがいいわけ。てかなんなの、あー、もうイライラする)
璃々愛は内心で悪態をつく。
(病む……。全部ぶっ壊したい。ぐちゃぐちゃにしたい……)
このあともしばらく、ユマとれおなの会話は続いて……やがて、他のメンバーも交えて、他愛のないことを話し始めたのだった。
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