第6話 校門でカノジョ?待ってるよ
先日のあれは照れ隠しだったのだろう。
そうでなければ説明がつかないことがあまりにも多すぎる。
全速力で走り去って行った少年の背中を、れおなは、呆然と見送ってしまった。
それから――十日が経ち……
5月5日のゴールデンウイーク最終日。
国民的アイドル、水鳥れおなは――ついに、ついに、彼がどこの学校に通っているかなど粗方の特定を済ませた。
間宮、という姓についてもポストのネームプレートで事前に調査済みである。
(もうご飯だって一緒に食べた仲なんだし、それぐらい……普通よね?)
自問自答しつつ、れおなは校門の前で待つことにした。
そわそわ。そわそわ……。
ちなみに今、彼女が着ている制服はこの学校のものではない。
お嬢様学園と名高い白百合女学園高等学校の制服である。
白を基調としたデザイン、赤いリボンとチェック柄のスカート。
れおなは、その容姿からかなり目立っているのだが、そんな視線などお構いなしに、間宮くんを待っているのである。
「ちょっとそこのあなた」
「は、はい! なんでしょうか!?」
「この学校に間宮って男子生徒がいるでしょ」
「間宮、間宮。あっ……はい。三組の」
「そう、その間宮くん。ちなみに彼のフルネームを伺っておいてもいいかしら? ほら、その、違う間宮くんかもしれないから」
れおなは校門から出てくる学生たちに、間宮くんのことを聞き込みする。
「間宮って苗字は珍しいのでおそらく一人しかいませんよ」
「一応、聞いておきたいのよ。ほら教えて。間宮くんの下の名前」
「間宮くんの下の名前は
「(
れおなは、一人の女学生に進なる人物を呼んでくるようお願いする。
「呼んでくるのは構わないのですが、二つお伺いしても?」
女学生は、少し困ったような顔をしてれおなにそう尋ねた。
れおなは「いいわよ」と即答する。
「間宮くんとはどういう関係ですか? 付き合ってる、とか……?」
「ここだけの話……もう少しってところなの」
「もう少し?」
「ほら、お互い素直になれない時期ってあるじゃない。友達以上恋人未満的なあれよ」
「あぁ。なるほど。それは学校の前で待ちたくもなりますよね」
「そうなのよ。あなた話がわかるわね」
「いえいえ、それほどでも。それでー、もう一つお伺いしたいことが……あなた、もしかして、みみ、水鳥れおなですか?」
女学生はキラキラと目を輝かせて、れおなに迫った。
「いいえ違うわ。よく似てるとは言われるけど。とにかく進を呼んできれくれないかしら?」
「……あ、はい。そっか、違うんだ。本物みたい、というか本物より美人かも。私、れおなのファンなんです!」
「あらそう、まあ私は別人だからさっさと進を呼んできてもらえるかしら?」
女学生はコクコクと頷くと、進なる人物を呼びに校内に戻っていった。
れおなは、校門の側でもたれながらスマホを取り出す。
『あれ、れおなじゃね?』
『流石に違うだろ』
『でも、めちゃ似てる』
『可愛い。声かけてみるか?』
『バッカ。他校の子だぞ。どう考えたって誰かを待ってるに決まってる』
そんな声を聞き流しながら、れおなは進が来るのをただ静かに待った。
★
「間宮くーん! 校門の前でカノジョさんが待ってるよー」
教室で談笑していた俺は、クラスメイトのそんな声に目を丸くした。
藤林、ゴシップ好きの女の子だ。
「何言ってるんだ、俺にカノジョなんているわけないだろ」
「あ……そうだった。まだ恋人未満の関係なのよね?」
「なあ藤林、いったい誰のことを言ってるんだ? それともこれはあれか、新手のイジメなのか?」
「違う違う。ほら、れおな似のすっごい美人さん。知り合いなんでしょ」
れおな似?
俺は、すぐにそれが誰だかピンときた。
多分それ…………………………本人な気がす……る。
「おい間宮。なんだよ、れおな似の彼女って」
「死ね、裏切者」
死ぬを口にするのが早すぎる。
「視界から消えてくれたまえよ。間宮進」
フルネームで呼ぶな。
「ま、待て同志たちよ。俺みたいなドルオタに恋人ができると本気で思っているのか?」
『思わん』
即答、かよ。
ちなみに俺がよく話す男子連中は女の子と付き合ったことのない、悲しい男どもの集まりである。
だから、女の子との接点なんてまるで皆無だ。
俺だって、そう。
……そのはずなんだけど。
「間宮くん、早く行ってあげた方がいいよ。あの子、本気であなたを待ってるみたいだから」
「いやしかし……約束とかしてないぞ。それに俺、今から推しについて語り合うんだが……」
「いけよユダ。俺たちのことなら気にすんな」
「消えろ。愛だの恋だの、と。所詮は粘膜が作り出す妄想にすぎん」
「もう話しかけないでくれたまえよ。間宮進」
お、お前ら。
仲間と思っていたはずの連中に、俺は教室から追い出されてしまった。
今、言い訳しても火に油を注ぐようなものだ。
明日、5発ずつぐらい殴らせれば許して貰えるだろ。
俺は仕方なく、校門に急いだ。
校門の陰で待っているれおならしき人物に近づき、話しかける。
「おい、あんた、何しに来たんだ」
「……」
相手は俺のことをじっと見ているだけで何もしゃべらない。
いや、なんとなくわかる。
多分……睨んでるんだと思う。
「遅かったじゃない
そ、そっちが勝手に来たんじゃないか……!?
なんで俺がキレられなきゃいけないんだよ。
「おいあんた、流石に迷惑すぎるぞ。こんなところまで来て。いやがらせにも限度ってもんがあるだろ」
「いやがらせなわけないでしょ……バカ」
「へ?」
「他校の門の前で立つことが、どれだけ勇気がいることなのかあなたわかってるの? 凄い数の視線が私に向けられたんだからね。私がどれだけの勇気を振り絞ってここに来たのか考えてちょうだい」
「……あー、はい」
確かに、校門の前で他校生が待ってたら目立つ。
ような気がする。
俺を待っていたのだから、「どうしてそんなことを?」などと野暮なことは尋ねないでおく。
「迷惑だったかしら?」
「はい」
「そうよね」
「そうです」
「じゃあ今日のところは帰るわ」
お、なんだ。
どうした。
やっと俺の想いが伝わったのか。
話せばわかる子じゃないか。
「公共の場じゃ色々と目立ちすぎるもんね。悪かったわ」
「いえいえ、わかって貰えれば俺はそれで」
「じゃあ今度、進の家に遊びに行ってもいい? もちろん、お忍びで。それならいいでしょ」
「あの、どういう流れでそういう話に?」
「自然な流れでしょ。ほら、この前、ご飯も一緒に食べたじゃない。私たちもうそういう仲なんだから、次一緒にいるときはちょっと背伸びしたっていいじゃない」
うん? ん?
何を食べたって?
牛丼屋に乗り込んできたあれのことを言ってるのか、もしかして?
「じゃあ、そういうことだから。またね」
「ま、待ってくれ」
「ま、待たないわよ。待つわけないでしょ! そっちだってこの前、待たなかったくせに! 女の子の方からここまで言わせといて、な、なんなのよ一体! 進のバカぁあ!」
そう言い残して、全速力で走り去っていくれおな。
「ま、待ってくれえええ!」
「あの人、フラレたのかな」
「見ちゃダメ。修羅場ってやつよ」
外野からそんな声が聴こえる中、俺はその場にしゃがみ込んだ。
どうしてこうなった……と、頭を抱えることしかできない。
「ちょ、ちょっと間宮くん、何したの一体?」
「藤林……その」
「窓から見てたわよ。あんなに健気な恋人を……あなた、それでも男なの?」
「だから、恋人じゃないんだって」
「そういうところが女心ってのをわかってないのよ! 間宮くんのバカ!」
藤林は、ぷんぷんしながら去ってしまった。
違うんだ藤林。
そもそもあの人に俺……自己紹介すらしてないんだ。
名前も名乗ってない。
学校だって教えてない。
あの人、ストーカーなんです!
なんて言えたらどれだけ楽か……。
「見てたぞ。間宮」
「たっく、お前は」
「同志よ、貴様は帰ってきた」
校門にうずくまる俺に同志たちが声をかけてきた。
差し出される手。
「お前ら……」
この手を握るのも、なんか違う気がする!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます