第5話 一方通行さんのエスカレート

 なんだか今日はどっと疲れた気がする。

 いや、そもそも今週は色々ありすぎた。


 ユマがストーカーだったこともそうだし、れおなが思っていたよりも電波な子だったということもそう。


 でも、こうも思った。


 それぞれが強烈な個性を持っているからこそ、

 自他共に認めるアイドルグループ、


 STAR★FIELD☆GIRLは成り立っているのではないのか、と。


 そして、その個性がぶつかり合って生まれるハーモニーは、他のどんなグループでも作り出すことのできない、唯一無二の何か。


 それがアイドルにとって一番大切な要素なのだとしたら、俺はとても幸運なファンなんじゃないか?

 

 なんて、柄にもないことを考えてしまう。


「……そう思わなきゃ、やってけないよな」


 制服から外出着に着替えて、財布とスマホをポケットに入れて、いざ出発。

 牛丼でも食べながら、推しの情報でも集めようじゃないか。


 エレベーターで下の階までおりて、マンションのエントランスを抜けると――


 あれ? デジャブかこれは。

 ついさっき、こんな感じの光景を見た気がする。


「キミ可愛いね、ここじゃなんだし、ボクとお茶でもどう?」


 ナンパ男に絡まれている、女の子。


「消えて。私、暇じゃないの」


「そういわずにさ、ちょっとでいいから、ね?」


「しつこいわね……消えなさい。私、あなたには用がないんだから」


 れおなだ。

 なぜ、れおながここに?

 用事があるとかなんとか言ってたよな。多分。

 

 男はれおなの態度に根負けしたのか、舌打ちをして去っていった。


 まあ、そうだよな。

 あんな顔で凄まれたら、俺だって怯むよ。


 とにかく、関わらないようにしよう。

 俺はれおなにバレないように、息を殺して、その場を離れた。


「ちょっと、待ちなさいよ」


「………………」


「ねえ、聞いてるの!?」


 れおなが俺を追いかけてきているような気がするが、きっと気のせいだ。

 早く牛丼を食べて、心の安寧を取り戻さなくては……。

 

 俺は急ぎ足で牛丼屋に入った。

 食券を買って店員に渡し、席に着く。


「ちょっと……待ちなさいって言ってんのが、聞こえないの?」


 ぜえはあ、息を切らせながら、俺の隣の席に座ってきたれおなは、牛丼を注文して水をぐびぐび飲み始めた。

 水飲んでるだけなのに、顔がいいせいでCMみたいに見えてくるぞ……。


「いや、あの……なんですか? ついてこられると困ります。非常に」


「私のファンのくせに私を拒絶するの? どういう了見よそれ、あなたちょっとおかしいわよ?」


 おかしいのはあんただよ。


「用事、があるとか、言ってませんでした?」


「もう終わったわ」


「……あの、なんで俺んちの下にいたんですか?」


「ぎくっ」


 ……まさか、尾行してたから、とは言わないよな?

 だがどうやら図星らしく、れおなはそっぽを向いて、唇を尖らせている。


 その姿はまるで子供のようだ。


 牛丼が運ばれてくる。

 高菜明太マヨネーズ牛丼。


 これが美味いんだよなぁ。


 俺のお気に入りである。


「もしかして……その、ユマに頼まれて、俺について回ってたとか?」

 

 割り箸をパキリと鳴らしながら、気になったことを口にしてみる。


 れおなはプライベートでもユマの親友だ。もしかするとユマの協力者として、俺を見張っていたのかもしれない。


 なんてことを思ってしまったが、れおなは首を振った。

 どうやら違うらしい。


「どうしてそこでユマが出てくるのよ。あなたとユマにどんな関係があるわけ?」


「あー、その……あるかないかというと」


「ない一択よね」


「……はぁ。まぁ。てか、なんで俺をつけ回すんです?」


「い、言いがかりはよして。ただ、その、明日お茶でも誘おうと思って。助けてくれたお礼にお茶ぐらいなら付き合ってあげようかなって」


「あの、俺の質問聞いてます? なんで俺をつけ回すのですか?」


「……いや、だって。ほら。誘うにも、あなたの連絡先とか、知らないし。それならどこに住んでるか、調べるしかないでしょう?」


 そ、それストーカーの発想じゃないのか?


「光栄に思いなさいよね。一ファンのためにここまでしたのはあなたが初なんだから」


 …………。

 俺は無言で、牛丼を搔き込んだ。

 味なんて、よく分からないけど。


 でも、なんだか胸が一杯になってしまったのだ。


 ぐびぐびと水を飲み干す。

 それから俺は席を立った。


 れおなはポカンとした顔で、俺を見ている。

 会計をして店を出て、高田馬場のロータリーを歩いていると、れおなが慌てて追いかけてきた。


「ちょっと、どこ行くのよ」


 少しの逡巡の後、俺は振り返り、言った。


「察してください。あなたが怖いんですよ」


 その言葉で、れおなは明らかに傷ついたような表情をした。


「ど、どうしてかしら? わ、私はあなたの推しなのよ?」


「俺の推しはユマだ。あんたじゃない」


 やっと……やっと言えた。

 ずっと我慢してきた本音。


 れおなは呆然と立ち尽くしている。

 俺は踵を返し、歩き出した。


「今さらそんな嘘で誤魔化そうとしても無駄よ、私わかってるから!」


 へ?

 れおなが追いついてきた。


「まだ俺のことをつけてくるつもりですか? もう勘弁してください。あんた……は、国民的アイドルなんだ。自分が今何をしてるのか、自覚は……あるのか?」


「うるさいわね。私だって、こんな気持ち初めてなんだから、どうすればいいのかわからないのよ」


「はぁ……」


「ちょっと強引すぎたのは、その……自覚がないこともないわ。だけど、それで幻滅したからって、他の子を推しっていうのはどうなの? あなたの推しは私でしょ。あなたがそういったの。嬉しかったのよ、私。あなたが私を推してくれるのが、嬉しかったのよ。助けてくれたのに、そのお礼もまともにできないなんて嫌だったから。ただそれだけよ」


 れおなは、まるで自分に言い聞かせるかのように、ぽつぽつと言葉を紡いでいる。


「だから……他の子に浮気するなんて、許さないわ。知ってるわよ、男の子の常套句でしょ。好きな人に、他の女の子の話をして気を惹くってやつ」


 ……はぁ? はい? はぁ?


『ね、あれ、れおなじゃない?」


『うっそ、どこ?』


『ほら、あそこ。もしかして撮影かな?』


『ロケ車とか近くにあるんじゃない?』


 周囲の通行人が、れおなの姿に気づきはじめた。

 そりゃあ、これだけ顔が良ければ道ゆく人々の目を引くのは必然である。


 俺は意を決して、全力ダッシュした。

 れおなを置き去りにして、家に向かって全力で走る。




 だ、だってえええ……怖いだもん、あの人ぉぉおおおおお!!


 どうして、どうしてこうなった……俺のドルオタ人生、どっから狂い始めたんだぁぁぁあああああ!?

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