黒姫璃々愛

第7話 クレイモアの接近

 偶然とでも、運命とでも……。

 そう呼ぶことができるのかもしれない。


 STAR★FIELD☆GIRLの一人、黒姫くろひめ璃々愛りりあは、所属事務所であるアイリスプロジェクトの近くを、一人で歩いていた。

 アイリスプロといえば、多くのアイドルを排出している大手芸能事務所。


 その中でも特に、真宮寺ユマはアイドル人気ランキング第一位であり、トップアイドルとして不動の地位を築いている。


 璃々愛の尊敬する先輩でもあり、また憎悪の対象でもある、絶対的なアイドル。


 そのユマが、何の変哲もないマンションから出てくるところを目撃する――という、偶然。


(ユマ先輩って……赤坂住みのはずでしょ、確か。あんな安っぽいマンションに住んでるの……?)


 そう訝しげに思いながらも、璃々愛はユマに見つからないよう、咄嗟に身を隠した。


 マスクとサングラスで変装しているユマは、そのまま足早に去ってゆく。


(……いやいや、どう考えても怪しいでしょ。てかあのマンション、見るからにセキュリティとかないよ?)


 そのとき、稲妻のように、一つの仮説が璃々愛の脳を駆け巡った。


(もしかして逢引き、逢引きなわけ? ユマ先輩の言ってた、好きな男って、まさか……)


 その可能性を考えた璃々愛は、すぐにスマホを取り出して位置情報をメモしておく。

 しばらくすると、今度は……れおなに似た青髪の少女がマンションに入っていくところを目撃する。


(うっそ……なになに、なになに? あの人も、このマンションに用があるってこと……?)


 璃々愛は、ユマとれおなの不審な行動に、ますます疑念を深める。


 これは絶対に何かある。


「リリちゃん……わかっちゃったかも。あの二人、たぶん同じ人を狙ってるんだ……これ大スクープだよ……」


 確証はない。

 でも、状況から考えて可能性が高いと判断せざるを得なかった。


 あの二人が、同じ男を狙い、そしておそらくすでになんらかの関係を持っている。

 それはつまり、ユマを潰すための強力なカードを手に入れたということ――。


(……ふふ、これはチャンス。絶対に、潰してあげる……ユマ先輩。勿論、プライベートを晒すことなんてしないけど……でも……恋は自由ですよね? リリちゃん、全部わかっちゃったから)


 璃々愛は邪悪な笑みを浮かべ、その場をあとにする。

 その心はますます暗く、荒んでゆく――。



 ★


 

 ピンポーン。ピンポーン。


 ピンポーン。


 時刻は、午後18時を少し回ったところ。

 俺んちのインターホンが鳴っている。


 また来たのか……。

 俺は、玄関に向かいながら、大きなため息をついた。


 無論、安堵のため息である。


 ユマとれおなの行動パターンは決まっている。

 この二人がもし鉢合わせするようなことがあろうものなら、ユマはれおなを、れおなはユマの存在を、お互いに許すはずがないからだ。


 ジャストのタイミングで入れ替わるにしても、タイミングが悪ければ大惨事になる。


 ……いや、これ奇跡。ほんと。

 絶妙なバランスで成り立ってる、この二人。


「はいはい。出るから、ちょっと待ってくれ」


「早くしなさいよ。この私が、わざわざあなたの家まで足を運んであげてるのよ?」


 ドアを開けると、そこには制服姿のれおながいた。


 俺は、やれやれと思いながら、れおなを部屋に招き入れる。

 彼女は慣れた様子で、俺のベッドに腰を下ろした。


「約束は守ってくれよ。茶を飲んだら帰る。いいな?」


 そう、念を押す。

 れおなは、ふんっと鼻を鳴らした。


 この人、つい最近、ドームでライブしてた国民的アイドルなんだぜ。そう思うと、なんだか、複雑な気分になるよな……。



 ★



 ここ最近ずっとである。

 あの日、一方的に約束を取り付けてきたれおなが味を占めて、毎日のように家に押しかけてくるようになったのだ。

 

 こいつはべらぼうに話が通じないから、とりあえず条件付きで相手をすることにした。

 

 家に遊びに来てもいいが、来る前にちゃんと連絡をすること。

 家が無理なときは外で、指定した場所まで来ること。

 そして、お茶を飲んだら帰ること。


 この三つだ。

 特に三つ目の条件については、かなり強めに言っておいたから大丈夫だろうと思う。


「ねぇ、ずっと思ってることがあるんだけど」


「ああうん」


「おうちデートってこんな感じで合ってるの?」


「あってるあってる。大正解だ。プラトニックな関係って感じがして、俺はすごく好きだ」


 適当なこと言って誤魔化す。

 れおなと向かい合って座る俺も、お茶をすすりながら、のんびりとした雰囲気でくつろぐ。


「あ、プラトニックってのは恋してるとか付き合ってるって意味じゃないからな」


「わかってるわよ」


 れおなは、いつも通りに紅茶を嗜んでいるようだ。


「相変わらず……私のポスターが一枚もないわね。全部、ユマ。さすがの私でも気づくわよ。ねぇ、どうして? 私のこと推しって言ってくれたじゃない、ねぇ」


「聞いてくれ、れおな。それは誤解なんだ」


「なにが誤解よ。どこをどう見渡してもユマのグッズしかないわ。ユマのグッズショップじゃないの、この家」


 れおなは訝しげな目で、じろーっと俺のことを睨んでくる。

 いや、だから……そもそもの話、俺はお前のことを推しだとは言ってないんだよ……。


 てか、もう何回目だよこの話……。

 推しはユマって何度も言ってンだろ!


 しかし、それを言うとまたややこしいことになりそうだったので、俺はとりあえず、別の話題を振ることにする。


 れおなは何かと気が短い。

 だから話を切り替えるのが重要だ。


「今日は何を飲んでるんだ?」


「ミルクティーよ。あなたも飲む?」


「飲まない。飲んだら帰ってくれ」


「もー、ほんとつまんないわね。ちょっとはこっちの話に合わせなさいよ」


 そう言って、むすっとした顔で、れおなは自分で淹れたミルクティーを啜る。

 それからしばらく、俺たちは雑談をした。


 主に話すのはれおなである。

 どうせ、俺の話なんて聞いちゃいない。


「いいこと。次、私が来る時までに私のグッズを揃えておくこと。わかったわね」


 ひとしきり、自分のグッズがないことを愚痴ったれおなは、そう吐き捨てる。

 やれやれと俺は思う。


「ほ、ほんとは気付いてるのよ。進の最推しは……ユマだってこと」


「え?」


「私は二番目でもいいのよ。別に、一番じゃなくてもいい。だけど……私も推してくれないと嫌。だから……これ、飾っておいてくれない?」


 そう言って、れおなが俺に渡してきたのは、自分の顔がプリントされたラバーストラップだ。

 本人が持ってくるなよ……と、心の中では思いつつも俺はそれを受け取る。


 まあ、これぐらいならいいか……。


「わかった。飾っておく。あと、俺は二人を推すなんていう器用なことはできないからな」


「そのうち慣れてくるわよ。進の部屋に私のグッズが増えていくの、想像したらなんだか気分がいいわ」


 やはり、れおなは自己肯定感が高いタイプらしい。

 それから、れおなは約束通り、俺の家から帰っていった。


 頂いたラバーストラップは、とりあえずユマのストラップの横に並べておくことにする。


 問題はこっち。床に落ちた髪とか処分しとかないとな。ユマに見つかったら、やばいことになりそうだ。

 

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