第8話 ストーカー・フォー・ナイト
俺はいま、命がけのミッションを遂行中だ。
隣の部屋にユマの気配がする。
――よし、今日もやるか。
あらかじめ用意していたパンツを、右手でくしゃっと丸め込み、ユマの部屋のベランダに向けて投げる。
あくまで風のイタズラがそうさせたような、イメージ。
投下。
完了。
ガラガラと窓が開く音。
俺はその場にしゃがみ込み、耳を澄まして、ユマの様子を伺う。
ごくりと……ユマが息を飲む音。
さっとパンツを拾って、窓を閉める音。
――よし、成功だ。
ユマはきっとうちに届けに来る。直接、ではない。
律儀にビニール袋に入れて、うちの部屋のドアノブにかけてくるはず。
替えのパンツがない際、ユマは盗……いや、例の錬金術を使わない。
俺はその時が来るまでベランダに待機。
玄関のドアは少しだけ開けておいた。
後は……ユマがパンツを届ける、その瞬間――
――今だッ!!
俺はベランダから隣の家のベランダへと飛び移った。
★
(もう進くんったら……鍵開けっぱなしじゃない)
ユマは、進くんの部屋の玄関をそーと開け、ビニール袋に入ったパンツをドアノブにぶら下げる。
(いない? お出かけ中?)
またとない、絶好のチャンス。
(泥棒さんがきたらよくないもんね♡少しのあいだ進くんの家にお邪魔しよ)
ユマは靴を脱いで手に持ち、部屋へと上がりこむ。
そしてそのまま迷わず奥の部屋……進くんの自室へ侵入した。
(えへへ、お部屋もあいかわらずわたし一色だね♡……ふふ♡良い匂い♡)
くんくんと鼻を動かしながら、室内を歩き回るユマ。
進くんはいないけど仕方ないよねと自分に言い聞かせながら、本棚や机の中まで漁り始める。
(あれ、これ、れおなのストラップ? ……どうして? まさかれおなも推してるのかな、でも、どうして? わたし飽きられてる?)
ユマは空いた手でストラップを手に取り、じっ、と見つめる。
(あ、これズッ友宣言のときのストラップだ。隣にわたしのストラップもあるし、そっか、進くんはわたしとれおなが仲良しだってことちゃんとわかってくれてるんだ。……ふふ、嬉しいなぁ♡)
にっこりと微笑んだユマは窓際へと歩を進める。
進くんがいつ帰ってくるかわからない以上、いつでもベランダから飛び出せるよう、窓を開けておく必要がある。
――誤算があるとすれば。
進くんは今、ユマの部屋で『証拠』を隠滅している最中だということ。
★
俺はいまユマの部屋のパソコンを開き、監視カメラの映像をチェックしていた。
あった。ここ数日の映像だ。
時間帯は、れおなが家に訪ねてきて帰るまでの、数分程度。
これを編集サイトで部分消去、俺が一人でいる時間帯の映像を繋ぎ合わせれば、俺とれおなが一緒にいたという事実を消去できる。
合成動画の完成だ。
これでユマにバレる心配はない。
別に俺はパソコンに詳しいわけではないが、ドルオタはこの手の動画編集はお手の物だ。
合成写真、合成映像、偽造音声ぐらいならアプリを使えば簡単に作れる。
――さて、これで全部か。
インストールしたアプリは消去済み。
早く帰らないと怪しまれる。
俺はノートパソコンを閉じ、ベランダまで移動する。
おそらくユマは今、俺の部屋にいる。
俺が玄関口から帰ってきたら、ベランダからベランダへと飛び移る算段だろう。
しかし、俺はさっきまでベランダにいたわけで。
監視映像を確認されたらベランダにいたはずなのに玄関口に瞬間移動している、という矛盾が生じる。
故に俺は、危険を冒してユマの部屋のベランダから俺の部屋のベランダに飛び移る必要がある。
タイミングが悪ければ、鉢合わせ。
だが、もうこれ以上、後戻りはできない。
(よし……行くぞ……!)
俺は窓をそっと開け、そっと閉めてから、ベランダの手すりをつかみ、飛び移る。
(……いるな、すぐそこに……)
俺はガサゴソと大きな音を立てながら、あえて、ベランダにいることをアピールする。
案の定、ユマの足音が玄関へと向けて遠ざかっていった。
★
――?
(し、進くん……べ、ベランダにいるの? ま、まずいよ。早く家を出ないと、鉢合わせしちゃうかも……)
できるだけ足音を立てず、ユマは玄関までやってきて、靴を履く。
そっと、ドアノブに手をかけて――
外へと出る。
――誤算があるとすれば。
進くんの部屋から出るところを……メンバーの一人、いや二人に見られていたということ。
★
――よし、ユマは出てくれたな。
俺はベランダから部屋に戻り、大きく伸びをする。
ユマの残り香。
甘い、女の子の匂いだ。
よっし、今日も俺の頑張りは報われた。
後は、あいつらか。
俺はユマを守る為ならなんだってする。
彼女の尊厳を守り抜く。
ストーカーされてるとわかった時から、それでも、ユマの『日常』を守り抜くと決めたのだ。
★
進の部屋からユマが出てきたという『事実』を、二人の目撃者は飲み込めないでいた。
一人はれおな。
一人は璃々愛。
それぞれ別の場所からマンション四階の様子を見守っていた二人は、驚きを隠せない様子で唖然としている。
勿論、この二人は一緒に行動しているわけではない。
(し、進のお隣さんが、ユマ? ど、どうして、どうして!?)
(やっぱりユマ先輩は例の『男』の家に出入りしてる。しかも隣に部屋まで借りてるなんて……絶対、そういうことだよね)
れおなと璃々愛が鉢合わせるまで、あと十秒。
――誤算があるとすれば。
進はすでにこの二人の行動パターン、思考パターンを熟知していたということ。
(……れおな以外にも厄介な女がわいてるな。れおなはほっといても問題ない。誰だかわからないが、まずはそっちを対応しよう)
部屋の扉が開き、進が姿を現す。
この時点で――鉢合わせるはずだったれおなと璃々愛は――動きを止めた。
未来が、変わる。
おもに硬直したのは、璃々愛。
四階の外廊下の柵に両の肘を乗せて、見下ろしてくる進。
その視線は、まるで――鷹のごとく。
(な、なに……あの目……リリちゃんピンチ?)
男は、階段を下り――そして、向かってくる。
――まずい、このままじゃ。
璃々愛はすぐさまその場から駆け出そうとしたが……動けず。
ただ、向かってくる進を見据えることしかできなかった。
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