第二章 少年と白い少女
第6話 俺とお前が出会った日
ファリナ少尉を見送ってから3日、俺は次の目的地に向かっていた。
彼女は真っ赤な顔で鼻息荒く『絶対に生き残ってやりますからねっ!』と、捨て台詞を残して馬車に乗り込んでいった。
あの分なら他の奴と一緒で、そう簡単に死にはしないだろう。
俺は、俺が各方面に推薦した兵士の情報を、無条件で得ることができる。
本来なら士官とは言え、下級の中尉にそんな権限はないのだが、俺にはそれができる。
参謀本部直属の
1人で戦局を変える兵士が、英雄的に全てを解決できるわけでは無い。
万単位の決戦において、俺の力は戦場の一角を優位に進める程度でしかない。
一人大隊の力が最も発揮されるのは小競り合いだ。
行軍、食料、統率、1人なら集団の抱える多くの問題を単純にできる。
何せ1人分の旅費を十分に与えるだけで、大隊規模の戦力を、迅速に現地に送れるのだから。
上がきちんと使いこなせれば、我々は非常に『都合の良い』戦力だ。
俺は、参謀本部にとっての都合の良い戦力になることを受け入れた。
そんな俺の次の任務は、この先にあるジョーバンの街に向かうこと。
その後は、休暇らしい。
……働きすぎだとでも思われたのだろうか。
休暇は苦手だ。
正直、何をすればいいかよくわからない。
遊びもやるが、心底楽しいとは思えない。
だがまぁ、休息が重要なことはわかる。
心身の状態を最適に保つ以外にも、効率よく成長するのに休息は欠かせないと、『先生』も言っていた。
粛々と鍛錬でもやって時間を潰そう。
形だけの遊びに惚けるより、筋肉を付けた方が有益だ。
そんなことを考えながら、気の進まない足を動かしている時だった。
前方から、かなり大きな衝突音が聞こえてきた。
事故……じゃねえよなぁ。そっちから流れてくる、殺伐とした空気。
物騒な金属音も聞こえてくるし、どう考えても厄介ごとだ。
でも――俺の中の何かが『行け』と言っている。
そして俺は、こうゆう予感は可能な限り拾うことにしてる。
ため息一つ残して、俺は音の方へ走り出した。
◆◆
秒で現着。
ふむふむ……横転した荷馬車に、それを取り囲む怪しげな黒ローブが3人。
うん、怪しい。
改めて言っちゃうくらい怪しい。
その周りは馬と……武装した男達の死体。
いやアレ、統合軍の兵士じゃねーか。
黒ローブ達は周囲を警戒していたようで、俺を見つけると一斉に殺気を向けてきた。
襲った馬車を守る様な位置取り……積荷は欲しいが、すぐには持ち出せないってところか。
じゃあ、手ぶらでお帰りいただこう。
1人だけな。
「グリムグランディア統合軍、トーラス小隊の
「統合軍……我らが教義に唾吐く罪深き者達。慈悲はない、殺れ」
会話が成立しない!
てか『教義』とか『罪深き』とか……お前ら、聖導教会関係者だな?
逆に目立つ真っ黒ローブといい、正体隠す気ねえだろ。
因みに俺の名乗ったトーラス小隊は、俺が最初に所属してた小隊だ。
アレンさんは、実際は軍曹だった。
俺だけ残して全滅しちまったがな。
隠れ蓑にちょうどいいんで、上に頼んで解散手続きを保留にしてもらってる。
こんな素性も知れない……まぁ知れたんだけど、とにかくそんな相手に『参謀本部直属~』などと、正体を晒すつもりはない。
「「異端者に死を」」
うるっさいよ。
俺に宗教やらせたいなら、おっぱいバルンバルンで太股ムッチムチの美少女猫耳神サマでも連れて来い。
いかにもな台詞と共に襲いかかってきた部下っぽい2人が、手慣れた様子で左右に分かれ、俺を挟んで両手の武器を投擲する。
チャクラム……まず対人戦でしかお目にかからない武器だ。
我ら統合軍兵士は、日々邪神退治に明け暮れているから、対人戦には慣れていない。
なるほど、有効な手段だ。
放たれたチャクラムは四方に散らばり、弧を描いて死角から襲いくる。
軌道の予測も、視認も困難。
しかも巧みに到達時間をずらしていて、こちらは休みなく回避を強制される。
絶え間ない投擲。
その全てを、確実に俺の死角に隠しながら、正確に急所を狙い澄ましてくる。
いい腕だ。
実戦経験ほぼ皆無の内地組では、生きた的にしかならなかったろう。
間違いなく、相当に訓練を積んだ暗殺者だ。
見事な程に殺し慣れていて――
哀れなまでに『戦い』慣れていない。
俺は敵の1人……名前知らんし、黒ローブ改め、黒ーブAでいいや。
黒ーブAに狙いを定め、投擲と同時に飛びかかった。
特に策はいらない。一直線だ。
「ごっっ!!?」
そのまま鳩尾に掌底。黒ーブAは、体をくの字に曲げて崩れ落ちた。
奴らの間に、わかりやすく動揺が走る。
自分達は『処刑人』。
『死刑囚』が反撃するなんて、考えもしなかったよな?
だから、あんな投げ方が染み付いてんだよ。
全部死角に投げたら、正面ガラ空きになるのは当たり前だろうが、マヌケめ。
残りは黒ーブBと……リーダーはリーダーでいいか。
「もう1人くらい捕虜欲しいな。どーちーらーにー……おわっと!」
リーダーからチャクラムが飛んできた。
最後まで聞けよ、せっかちさんめ。
チャクラムは、相変わらず弧を描く軌道。が、時間差で直線の投げナイフも混ぜてくる。
ちゃんと学習してるようだ。
攻撃をヒラヒラ躱しながら、こちらもチョイチョイつついてみる。
そろそろ、力の差も理解できたはず。
なのに、2人に撤退の気配はない。
Aの口封じか……積荷か……どっちもやりたいが、メインは積荷って感じだな。
口封じより優先とは、よっぽど大事な物を積んでるらしい。
……そんな物、内地組に運ばせるんじゃねえよ。
どんなお宝か、俺も気になってきたな。
さっさと決めさせてもらうか。
「『死んでも盗ってこい』ってところか? 随分ブラックだな、お前達のカミサマ」
てわけで、ちょっと挑発。
「穢れた口で我らが主を語るなぁぁっっ!!!」
フィッシュ。一発でキレた。
予想通り神様ネタは鉄板だったが、それにしても煽り耐性低すぎないか?
怒り狂ったリーダーは、激情のままナイフを投げつけてきた。
先ほどまでの、隙の少ないコンパクトなフォームではない。
大振りの全力投擲だ……ほらよっと。
「なっ!?」
ナイフが指から離れる直前に合わせて、リーダーに向けて駆け出す。
腕はトップスピードに乗ってる。
止めることは出来ないし、次の動きにも移れない。
正面から迫るナイフは剣の柄で弾き、リーダーの顎を掌底で打ち抜く。
「がっ! ……は……ぁ」
衝撃は脳まで突き抜け、驚愕の表情を貼り付けたままリーダーは崩れ落ちた。
生け捕り2人目。十分だ。
「こうなるとお前は死体でもいいんだけど、どうする?」
呆然としていた黒ーブBは、唯一見えている口元を恐怖に歪める。
「ば、化け物め……っ」
失礼な、魔人様だぞ?
結局Bは、それを捨て台詞に、一目散に森の中へと消えていった。
◆◆
「これでよし」
黒ーブAとリーダーをふん縛り、お待ちかねの積荷検閲タイムである。
おそらくは聖導教会が、とにかくエライご執心の積荷。
……ここまでやっておいて、オリハルコンの御神体とか言うなよ?
でも、運んでたの内地組だしなぁ……。
だんだんショボい品な気がしてた。
マジで御身体だったら、溶かしてインゴットにしてやる。
「では……おほん。御用改めであ……お?」
だが、軽い気持ちで荷馬車に乗り込んだ俺は、予想外の『積荷』に少々面食らってしまった。
「棺……?」
目の前にあるのは、人一人が余裕で入れるほどの大きな箱。
ゴテゴテとした装飾に紛れて、色々な魔導具が取り付けられている。
……なんか重そうだけど、外の2人とこれ全部持ってくのか。
げんなりしながら箱を見つめていると、蓋と思しき上面に直線的な光の線が走る。
そして静かな駆動音と共に、蓋が開いていった。
「っ!!?」
おいおいおいおい……っ。
これ、ホントに統合軍の積荷なのか?
開け放たれた蓋の内側、そこに安置されていたものに、俺は息を飲んだ。
……子供だ。
真っ白な髪と肌の、まるで人形のような少女。
歳は6~7歳くらいだろうか。
そんな年端もいかない少女が、御大層な棺の中に封じ込められていた。
蓋を開けることがトリガーだったのか、少女はゆっくりと目を開く。
そして、彼女を凝視していた俺と、その視線が交わった。
「……あなたは……だれ……?」
それだけ言うと、彼女は再び意識を失った。
何の根拠もない、だが、とんでもない厄介ごとの予感を残して――
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