第5話 地獄へようこそ
酷い目にあった。
誰かを背負って戦場を駆け回ったのは初めてだったが、人間はあの速さで動くと吐くらしい。
いい勉強になった。二度とやらねえ。
しかし……臭っ!
今は最寄りの街の統合軍支部で、さっき風呂にも入った。
が、結構な時間ゲロ塗れだったせいか、まだ臭いが取れない。
統合軍は、真面目に戦果を上げる兵士の扱いがかなりいい。
待遇とか、福利厚生とか、色々な物資とか。
例えば、邪神の血液、体液、肉片、臓物の汚れなんかは、研究に研究を重ね、一発で完全に落とし切る洗剤の開発に成功している。
でも人間の吐瀉物は守備範囲外だったらしい。
【急募】体に染み付いたゲロの臭いを取る方法【助けて】
まぁ、ファリナ少尉のことは恨むまい。
無関係なのに殺されかけた上、この先も色々大変になる筈だ。
主に俺のせいで。
「まぁ、しぶとそうだし、大丈夫だろ」
……臭っ!
もうひとっ風呂浴びてこよう。
◆◆
「ファリナ・コールベル少尉に、ヘリンズ小隊への転属を命じる」
どうしてこうなった?
どうも、またまたファリナ・コールベルです。
お前、まだ出てくるのかって?
これで最後だと思うんで、我慢して聞いてください。
ダンケルク小隊が私を残して全滅しちゃったんで、私の次の配属先を決めることになりました。
結果、出てきたのが冒頭のヘリンズ小隊。
若手の星と言われるロイド・ヘリンズ少尉率いる、新進気鋭の小隊です。
主に南東の激戦区を渡り歩いては、各地の小隊単位の邪神討伐数を更新していく、言ってみればエリート部隊ですね。
そんなところに配属なんて、私も偉くなったものです。
代償は、安息と命ですか?
内地でのうのうと過ごしていた私の人生、今まさに急転直下です。
原因は、分かっています。
グレン中尉です。
先程、中尉にゲロのお詫びをしに行きました。
中尉は気にするなと言ってくれたんですが、嫌そうな顔をしていたので、美少女のゲロがご褒美だと悟ったわけではないようです。
で、その時に聞いたんですよね。
何で私を助けたか。
すると、グレン中尉は言いました。
『ファリナ少尉のことは、ダンケルク中尉から頼まれていた。『無関係の彼女を巻き込んでしまった。何とか助けられないか』ってな』
ダンケルク中尉、ちゃんと私のことを考えていてくれました。
ちょっと感動です。
『俺が来なかったら、申し訳ないが道連れにするつもりだった、とも言っていた』
前言撤回。ふざけんなよオッサン。
『俺としても、あの戦場でファリナ少尉を死なせるのは惜しいと感じていた。邪神襲撃で負傷した馬鹿共の傷、1人で治し切った腕前は見事だったからな』
あれ? そうですか?
いやー、14歳で
『で、思ったんだ。そんなファリナ少尉を僻地で腐らせておくのは、統合軍にとって大きな損失である、と』
いやいや、それは持ち上げ過ぎですよー。悪い気はしませんけど。
でも、なんだろう。何か、凄く不穏な気配が……。
『次の部隊を紹介しておいた。隊長は俺と知り合いだから、色々良くしてくれるだろう。是非、少尉の手腕で彼らを助けてやってほしい』
あ、お気遣いどうも。でも、中尉の知り合いの部隊っていうと……具体的にはどんな感じですか?
――激戦区でした☆
あんのクソガキャァァァっっ!!!
散々おだてて最後に突き落とすとか、今度あったら顔面に一発かましてやります!
いや、嘘です。そんなことしたら、私が折られます。
弱者は、泣き寝入りをするしかない、嫌な世の中です。
力が、力が欲しいいいいいっ!!
「まぁ、諦めたまえ。グレン中尉に関わったのが、運の尽きだ」
「あの……少佐はグレン中尉のことをご存知で……?」
「あぁ。ああやって突如前線に放り込まれた内地組から、使えそうのを救い出して激戦区の部隊に送り込むんだ。あの日のロイド少尉も、今のファリナ少尉と同じ顔をしていたよ」
若手の星、私と同じ被害者でした。
ヘリンズ小隊は、もしかすると『グレン中尉被害者の会』なのかもしれません。
すぐに仲良くなれそうで、何よりです。
「では、ファリナ・コールベル少尉――」
◆◆
少尉はそろそろ、配属先を聞いたとこかな?
ロイドの奴が、『追加の医療術師が欲しい』ってぼやいてたからな。
ちょうどいいのが見つかってよかった。
実力、しぶとさ、図太さ、あと緊急時でも何だかんだで冷静。
前線の医療兵として最適だ。
きっと彼らの力になってくれる。
「頑張れよ、ファリナ少尉――」
「「地獄へようこそ」」
◆◇◆◇◆◇◆◇
~次章予告~
グレンの前に現れる怪しい集団。
襲撃された仲間の馬車には、予想外の積荷が――
第二章『少年と白い少女』
これは、少年が少女と出会う話
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