第4話 ダンケルク中尉とファリナ少尉の独白
悲鳴が聞こえる。
この世の全てと引き換えにしても足りない、愛する娘の命を奪った悪魔共の悲鳴が。
「嫌だああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「おいっ、助けろよっ!! たすけ、助けて、助けてえええええぇぇぇぇっっ!!!」
聞こえているか? グレイス。
奴らの断末魔が。
お前は少しやんちゃな娘だったが、流石にこれは喜ばないかな。
私は……いい気分だ。
こんなに汚い大合唱なのに、一言一言聞くたびに、心が洗われる様だよ。
「痛ぇっ! 痛ぇよぉっ! やめろっ! おいっ! やめっ、あああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
グレイス、グレイス。
生まれた瞬間のお前を抱くこと出来たのは、人生で最上の喜びだった。
パパが抱っこすると、中々寝んねしてくれなかったね。
『パパのお嫁さんになる』って言ってくれた日は、はしゃぎすぎてママに怒られてしまったよ。
初めて一緒のお風呂を嫌がられた日は、お前の成長が嬉しい反面、やっぱり寂しかったなぁ。
グレイス……私の、世界で一番の宝物。
まだ17歳だった。この先、色々な出来事が待っていた筈だ。
恋人もできただろう。
結婚すると言われたら、私は駄々をこねたろうな。
『どこの馬の骨とも知らん奴に、娘はやれん』と。
だが、最後は祝福したよ。
お前の幸せに代えられるものなど、どこにもないのだから。
グレイス、私の、グレイス……!
「何でっ!? 僕はっ、見てただけっ、ぐぎゃああああああぁぁぁぁっっっ!!!!」
知っている、テッド二等兵。
お前に娘をどうこうする度胸などないことも。奴らからイジメに遭っていたことも。
だが、その場にいて何もしなかったろう?
止めることも、逃げて私に知らせることも。
奴らほど憎んではいない。
が、わざわざ手間をかけて助けてやる理由もない。
巻き添えにすることに、何の感情もない。
「ああああぁぁああああああぁぁあっっ!!! ママっ!! ママぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
楽しいな、グレイス。
だが、もうおしまいの様だ。
悲鳴が近くなっている。
荒ぶる神達も、あんな供物ではまだまだ満足できないのだろう。
私は……お前と同じところには、行けないのだろうな。
それだけは、少し残念だ。
視界を、新たな贄を求めた邪神共が埋め尽くす。
あぁ、巻き添えといえば、本当に何も関係のない者が1人だけいたな。
それだけは、申し訳ないと思う。
グレン中尉が、上手くやってくれるといいが……。
――それが、リドル・ダンケルク中尉の最後の思考となった
◆◆
皆さん、こんにちは。
ここからは私、ファリナ・コールベルがお送りします。
おっさんの独り言よりは楽しいと思うんで、聞いていって下さい。
昨夜はもう最悪でした。
夜中にトイレに起きたら、剣持って徘徊してるダンケルク中尉と遭遇したんです。
森の館を彷徨く怪人のようでした。
ちょっと、漏れました。
そんな私は今、昨夜とは違った意味で、乙女の尊厳の危機を迎えています。
まぁ、経緯を聞いていってくださ……うぶっ……聞いていって下さいよ。
気を紛らわしたいんです。
ダンケルク中尉の見回りの結果、我が隊は誰一人欠けることなく戦場に到着。
目の前から迫る邪神の群れは、それはもう壮観でした。
小型300体かと思ったら、大型が30~40体混ざってるんです。
みんな『あー、これは死んだなー』って思った筈です。
グレン中尉以外は。
中尉は肩をコキコキ鳴らして、『私は自分の仕事をします。生き残りが出ても恨まないで下さいよ』とか言って飛び出しました。
中尉頑張れ! 超頑張れ! 私が死ぬ前に全部倒してっ!
でもまぁ、そう上手くはいきませんね。
中尉が突っ込んだところはバンバン邪神が死んでくんですけど、他はバンバンウチの兵士が死んでいきます。
仕方ありません。ウジムシですらないミジンコ共ですから。
彼ら、多分私より喧嘩弱いです。
前に私の胸を見て『ウケルww』とか言った奴は、本気でぶっ飛ばしてやろうかと思いました。
ああ、話がそれましたね。
どんどん悲鳴が減って、邪神も近くなってきたあたりで……帰ってきたんです、グレン中尉。
やっばいですよ。
全身邪神の返り血で、ドロドロ紫男状態。
そしたら、そのドロドロさんとダンケルク中尉が一言交わすわけです。
『いいですね?』
『頼む』
何を?
って思ったら、ドロドロ魔人が襲いかかってくるじゃないですか。
『ひいいいいいいいっっ!!?』
悲鳴も出ますよ。
怖いし、ばっちぃですもん。
でもドロドロ改めグレン中尉は、そんなのお構いなし。
私の体にベチャベチャと邪神の返り血付けながら、縄で縛り上げてきたんです。
『こ、こんな時にっ! 何をするつもりですかっ!?』
戦場で、邪神の返り血をねっちょりつけた緊縛プレイ。
ウルトラマニアックです。
過酷な戦場での生活は、少年の性癖をここまで歪めてしまうものなのでしょうか。
哀しいことですが、今は先ず私の貞操を守らねばなりません。
『だめです中尉! いくら私が美少女とはいえ、こんな状況で無理やり――』
『死にたくなきゃ口閉じろ。縮こまれ。吐くな。後、俺は胸と尻が大きい女が好みだ』
クソガキがっ!!
どうやら私に欲情したわけでも、マニアックなプレイに及ぼうとしたわけでもなかったようです。
中尉は私を背負い、そのまま邪神の群れの真っ只中に飛び込みました。
『おんぎゃああああああああああああああああっっっ!!!!』
今ここです。
中尉は私を背負ったまま、邪神を殺して回りました。
目を爛々と輝かせて、口元もなんかニヤッとさせながら。
怖いです。昨夜の怪人ダンケルクとどっこいです。
まぁ、自分の顔面も紫色に染まった辺りで、私も慣れてきました。
ですがそうすると、次の問題が襲ってきたのです。
中尉の動きはもう完全に人間離れしていて、右へ左へ、上へ下への大暴れです。
するとですね、私の内臓も、右へ左へ、上へ下へとシェイクされるわけです。
そのせいで、今私は、胸の奥から込み上げる熱いパッション的な何かを、乙女チックエクスプロージョンさせそうになっているわけです。
簡潔に言うと、ゲロ吐きそう。
でも、吐きません、吐けません。
『死にたくなきゃ口閉じろ。縮こまれ。吐くな』
吐いたら殺されます。
たかが嘔吐一回に、私の命がかかっているんです。
絶対に吐くわけにはいきませ――
「んもむぅっっ!!?」
いきなりバックステップしないで!
動きに前後の急加速も加わり、難易度がルナティックに上がりました。
でも、吐きません、勝つまでは。
あ、ごめんなさい、やっぱり無理。
「うむぅぅっ! おむぉぉぉっ!!」
「おい吐くなよっ!? 絶っっ対に吐くなよっ!?」
ノリノリで邪神を倒していた中尉が、正気に戻りました。
顔面は真っ青。戦慄の表情です。
全身邪神の返り血と臓物だらけのくせに、私の吐瀉物は嫌だとでも言うのでしょうか。
失礼です。
私は確かにチンチクリンですが、顔つきは可愛いとよく言われます。
むしろご褒美の筈です。
あ、ヤバい、きた。
どうやらお別れの様です。
お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。
みなさん、ここまでお付き合いいただきありが――あ。
「オヴェェエェェボロロラロロラロオロロロロロボロボボボボロロボロロロロッッッ!!!!!」
「おわああああああああああああぁぁああぁぁあぁぁっっっ!!?!? ゲロがっっ!!? ゲロがあああああぁぁぁぁああぁっっ!!!」
グレン中尉の、今日イチの悲鳴が戦場に響きました。
失礼です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます