第3話 そうゆうことは早く言わなきゃダメ

「我が隊はこれより、邪神の群れ300体を迎え撃つ」



 ダンケルク中尉の言葉を聞いた途端、部隊の連中の表情から、色が抜け落ちた。




 言ってなかったんかい。

 魔法も何も、そもそも黙って連れてきてやがった。



「はぁっ!? 何だよそれっ、聞いてねーぞっ!」


「何で俺らが、そんなことしなきゃいけねーんだっ!」


「無効だ無効っ! やりたきゃ1人でやれやっ!」



 予想通り非難轟々……何だが、内容がやっぱりおかしい。


 普通は、命令が覆らないことを理解した上で、自棄になって嫌味を叩きつけるものだ。

 だがコイツらは、喚けば本当に命令が無かったことになると思ってる。


 死地を逃れ、好き放題振る舞える街に帰れると。



「命令は無効にならない。これは、私などより遥か上から下されたものだ。逆らえば奴隷落ち、最悪極刑となる」


「貴様らが邪神の群れに突っ込むのは、貴様らが邪神を倒すために存在する、グリムグランディア統合軍の兵士だからだ」


「聞いてないのは当然だ。言ってないからな」



 だが、ダンケルク中尉は意に介さず、淡々と答えていく。

 その異様な雰囲気に、喚いていた奴らも、徐々に言葉を失っていった。



 これは……『中々言い出せませんでした』って感じじゃないな。

 どうゆうことだ? ダンケルク中尉。



「私は……この時を1年間待っていた。思ったよりも長かったよ」


「全く訓練をしようとしない貴様らを咎めず、街からの苦情にも、いつも頭を下げてきた」


「それも、全ては今日のため。貴様らを、何もできない素人のまま、邪神共の食卓に並べるためだ」



 怒り……いや、これは殺意だ。部下達に向けられた、明確な殺意。




「私から娘を……グレイスを奪った貴様らをなっ!」




 ダンケルク中尉の目は、濁り尽くして、逆に黒一色に染まっている様だった。



 中尉の娘が暴漢に殺害されたのは、資料で読んだ。

 優秀な指揮官だった中尉が、それを境に見る影もなく落ちぶれていったことも。


 だが、まさか犯人がコイツらだったとは……。



「こ、こいつ……頭おかしいんじゃねーのかっ!?」


「こんなん、殺人鬼じゃねーかっ! なんでこんな奴が、隊長やってんだっ!」


「そもそも、あれはてめぇの娘が、勝手に死んだだけだろーがっ!! なに俺らのせいにしてやがるっ!!」



 静寂から一転、嵐の様な罵声。

 だが、中尉の表情は不気味なほどに穏やかだ。

 今から自分が殺そうしている奴らが、正真正銘のクズであることが嬉しいんだろう。


 気持ちは……何となくわかる。情が湧くような敵は厄介だ。




「てめぇも何とか言えよっ!」



 ここで俺に飛び火。

 涙目で話の矛先を向けてきたのはローディ軍曹だ。

 いい加減敬語使えや。



「なんか、本部のパシリとかなんだろ!? さっさとこの殺人鬼ぶっ殺して、俺達を帰しやがれ!」


「そーだそーだっ!」


「偉そうにしてねーで仕事しろっ!」




 ……ウゼェ。


 だが黙ってられる状況じゃないのも確かだ。

 じゃあ、お望み通り口出ししてやる。



「では、今回のダンケルク中尉の行動についてだが……先ず、敵の規模をここまで伝えてなかった件。これは大きな問題ではない」



 中尉を除く、全員が目を丸くした。俺は構わず続ける。



「作戦内容の伝達タイミングは、部隊長に一任されている。重要事項の隠蔽等は懲罰ものだが、今回の情報は邪神300体程度。急を要する情報ではない」



「なっ……!?」


「冗談だろ……?」



 冗談じゃねえよ。


 こっちは小隊規模、敵は300体。30m超えの巨大種もいない。統合軍として、これは常識的な討伐対象だ。

 情報としての重要度は低い。


 だが――



「流石にギリギリまで伝えていなかったのは問題だが、精々『軽い注意』程度で終わりだろう」



 これは嘘だ。


 流石にこんな直前まで作戦内容を隠していたのは、はっきりと問題行為だ。

 だが、それでも作戦中止になるほどではない。


 どのみち部隊長が司令書を確認した時点で、任務終了まで正規の退役は不可能だ。




「次にお前達の訓練不足だが……中尉、指示は出していましたか?」


「1日に1回程は」



 まぁ、そうだろうな。こんなことで粗は出さないだろう。



「なら、そっちは指示を無視したお前達の責任だ。中尉も統率力不足で評価を落とすだろうが、懲罰の対象にはならない」



 実際、随分減俸を食らったらしい。

 聞いた時は同情もしたが、まさかこんな裏があったとは。




「最後に、部下への殺意を露わにしたこと」



 中尉の目が、僅かに緊張を帯びる。これが、最大の問題だからだ。



「クソ生意気な部下に殺意を抱く上官は珍しくないが、口に出すのはいただけない。

 とはいえ、実際に違反行為に及んだわけでもないし、今は任務遂行中だ。

 本作戦終了後、おそらく中尉は隊長を解任の上、降格処分になると思われる」



 これも嘘だ。

 流石に部下を『邪神に食わせる』と言った指揮官を、そのままにしておくことはできない。


 だがその場合でも、指揮官を変えて結局作戦は続行される。

 そしてコイツらは、誰が指揮官でも生き残れない。



 なら……好きにやるといい、ダンケルク中尉。



 場の空気が凍っていく。

 俺も巻き込んで、後は勢いで何とかなるとでも思ってたのか?

 残念だったな。



「つまり今回の任務は、このまま最後まで遂行される。以上だ。覚悟を決めて、クソして寝ろ。ゴミクズ共」



 もう、誰一人声を発しようとはしない。

 全員が顔色を真っ青に染め、一人、また一人と、テントを後にした。




 ◆◆




「何故、私の擁護を?」



 俺と中尉以外がいなくなった後、ダンケルク中尉が訝しげに聞いてきた。



「擁護? 私は、貴方は役職と階級を失うと言った筈ですが」



 次の戦闘を生き残れば、だがな。



「ふっ……そうだったな。済まない、忘れてくれ」



 わかってる。生き残るつもりなんて、ないんだろ?




「……俺、孤児なんですよ」


「…………」


持たざる者ノービス……魔術が使えないってだけで、父親に捨てられました。今時、魔導具と生体魔法の強化で、なんとでもなるっていうのに……父親には、俺より『魔術』っていう記号が大事だったんです」


「……至上主義者か」



 魔術至上主義者。

 魔術こそ人類の至高と信じて疑わず、時に他の技術の発展まで妨害する、一種の狂信者達だ。



「こんなことを言うと怒るかもしれませんが、羨ましかったんです。自分の仇を打つため、人生を捨ててくれるお父さんがいた、貴方の娘さんがね」



 そうして、俺も席を立つ。

 テントを出る直前、中尉が小さく『ありがとう』と言ったのが聞こえた。




 ◆◆





「それはないですよぉぉぉ……」



 ダンケルク小隊に医療術師として配属されているファリナは、頭まで布団を被り泣き腫らしていた。



「私が何をしたって言うんですかぁぁぁ……」



 ファリナ・コールベル中尉。19歳。

 1ヶ月前・・・・にダンケルク小隊に配置換えになった医療術師。



 1年前のダンケルクの娘の事件には――





「巻き込み事故ですぅぅぅ~~っ!!」




 当然、一切、関与していない。

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