第19話「ラクシアータの悲劇」

19.「ラクシアータの悲劇」ランダ・ホラット少尉


 ラクシアータ(ラクシアータ星系)


  属 

  ガヨート・ハーブケートAR7399‐526

 (以下、略)星系


  属

  スケリュゼ・ギューザンBA2032‐883

 (以下、略)銀河


  属

  ゾルドーン・セブルケッツDD7302‐489

 (以下、略)宇宙


  属

  ローケス・ユーヤナKM117‐231

 (以下、略)インペリオーム



 現状報告


 ラクシアータ・シタデル・タワーからの応答なし。


 サガヒ基地および現地部隊からの応答なし。


 調査に向かった情報局エージェントからの応答なし。


 保安局の緊急対応指令E2‐35にもとづき、ゲートを完全封鎖。


 サガヒ基地にて未承認のゲート・ジャミング・アレイ起動を確認。


 事態調査部隊としてヴァラッジ特殊作戦グループが展開。



 霧に覆われた観光惑星ラクシアータ。ここのところずっと、ラクシアータでは雨が降り続けているため、いつにも増して見通しは悪かった。この星の知的生命体は存在せず、他の星からの移民で街や集落が形成されている。平野を開発した居住区は低階層建築物がほとんどで、色合いも抑えられた景観と自然にはいりょした街並みだ。


『保安局は組織的テロをけいかいし、惑星内のゲートを全て封鎖した。ただ、どういうわけか基地のゲート・ジャミング・アレイが起動している。基地司令部との通信もつながらない。我々は事態調査のために三手に分かれる。ガヨート1はシタデル・タワー、ローケス4はサガヒ基地、ザウケン3はエージェントのトランスポンダー反応地点を調査だ』

『了解』

「了解」


 たがいのかんかくけて上空を飛行する三機の第一級B1多目的輸送シャトル〈ディペロ〉は宇宙空間からたいけんまで自在に飛ぶことができる軽シャトル。機体自体は小回りがきながら、軍用機であるため強力なシールドで防御されており、乗員は機長と副機長けん砲手の二名、輸送兵員は六名である。武装は二連装高出力レーザー砲×4、フロアックズ・エネルギー・ニードル生成射出器×6、ザグロミ・ミーシャ・プラズマ爆弾生成装置×1と対空攻撃、対地攻撃の両方が行える。


 三機のディペロは帝国軍の特殊部隊であるヴァラッジ特殊作戦グループの隊員らを乗せ、一機はシタデル・タワーに、他の機は別々の方向へと分かれて行った。

 ラクシアータの現状は不明。シタデル・タワーからの連絡が三日前から完全にぜつし、その調査に向かった情報局エージェントおよび特別犯罪対策部隊とも連絡がつながらないという非常事態で、今回ヴァラッジ特殊作戦グループが原因調査のために、ここラクシアータに派遣されたのだった。


『ホラット、エージェントのトランスポンダーはどうやら地下にあるようだ』

「反応微弱ですが追跡はできると思います」

『任せたぞ。状況がまるでつかめない。全員、けいかいおこたるな』


 空には軌道上の特殊作戦艦ラゾーダから放たれたアンスケルと宇宙戦闘機レイトアンが飛行している。彼らの偵察情報から敵対勢力は今のところ確認できなかった。同時に住民達の活動も確認できなかった。街には誰もいないようだった。


「地理データによると北部にある建物のようだ」


 エージェントの反応がある付近の地理データとカラーホログラムがヘルメットのディスプレイに表示される。


「何の建物です?」


 部下の一人、カナンがホラットに尋ねた。


「食品加工工場と管理倉庫、事務所のようだ。対地スキャナーに敵影なし」


 すいいろの瞳が特徴のウローラ人ホラットひきいるザウケン3チームは救難信号を発している情報局エージェントの座標が食品加工会社〈ズウェッタ〉にあることを確認した。


「少尉、まもなく目標地点です」

「よし、降下準備だ」


 パイロットがとうじょういんへと伝え、ディペロは浮いたまま地上へと高度を落とす。


「周囲の安全を確認するんだ」


 武装したホラット達六人はディペロから地上に降下。ディペロは再び高度を上げ、高高度でせんかいを始める。


「クリア」

「誰もいません」

しき内に人のはいがないな」


 周囲に人がいないかを確認するザウケン3チーム。しかし、誰も見当たらない。


「少尉、エージェントの生体反応は工場の方にあります。それ以外の生体反応はありません」


 部下のラロピズが生体スキャナーの結果をホラットに報告した。スキャナーには一つの反応以外に何も反応を示さなかった。これはあり得ない事だった。


「どういうことだ? ここの従業員はどこにいる? ラロピズ、ラニファの二人は事務所を、トルーナ、ジャスの二人は倉庫を調べてくれ。自分とクアはエージェントの救助に向かう」


 従業員の声も足音も作業音もない。働いている従業員の姿が見えなかった。スキャナーの生体反応は野生動物すら示していないのだ。


「設備自体はそこまで汚れていない。最近まで手入れされていた証拠だ」

「大気のあたいは正常値です。汚染はありません」


 銃を構えたままホラットとクアは静かな工場内を歩く。


「少尉、この先にはんそうようリフトがあります」


 クアの先にあるのはコンテナや大きな積荷を運ぶための反重力リフトだ。地球でいうエレベーターだった。


「こいつで地下に行けるようだな。各員、ザウケン3‐1と3‐4は地下へ移動する」


 リフトの行き先は地下。重く厚いかくへきが下ろされ、リフトは音も無く、すぐに地下へと二人を連れていった。


 ズウェッタ社工場地下。リフトかごのかくへきが上に収納され、ホラットとクアは照明が消えかかった通路に出た。


「……ここはただの食品加工会社ではなさそうだ」


 シールド・ウォールでへだてられた左側の部屋には透明なつつじょうの容器がずらりと並んでいる。容器の中にはこんぺきいろに変色したラクシアータ固有ハーブの一種〈エルラウト〉が栄養液のような半透明の液体にひたっていた。


「何ですかね、これ」

「分からない。が、普通じゃないのは確かだ」


 右側にはこのハーブを加工するためのレールと機械が見える。こちら側の部屋は透明なデズライト・スクリーンで通路と区分けされ、人の手が要らないよう完全自動化されているようだ。ただ、機械は全て動いていない。機械の停止を示す赤いランプがいている。


「この先にエージェントがいる」


 電子ロックがすでに解除された扉を通り抜け、壁に寄りかかって座り込んでいる一人のエージェントを見つけた。宇宙服の役目も果たす、軍のフルフェイス型多目的ヘルメットと長い尾まで包まれた戦闘用アーマースーツを着ており、外傷は無さそうだ。


「エージェント、何があった?」


 ヘルメットのディスプレイ上に味方を表すバーが映し出され、同時に情報局エージェントを示す記号と名前が表れた。エージェントの名前はガリエル・ヴィダピック。オウン(ワニ系ヒューマノイド)の女性だ。


「ああ、助けが来たのか。何でもいい武器をくれ。どれも使い物にならないんだ」

「こいつを使ってくれ」


 彼の武器は全てエネルギー切れで使えないようだった。ホラットは予備の多用途レーザー・ライフルVLR‐321を渡す。


「何があった?」

「少尉、急いでラクシアータから出るんだ。まずい事になった。上層部に伝えなければならない事がたくさんある」

「データを送信しようにもゲート・ジャミング・アレイが起動していて、直接の送信は無理だ。別部隊がアレイを止めに行っている」

「やめろ、アレイを止めるな。それは起動させたんだ。ゲートを使えないようにするためにな」

「なに?」


 エージェントから予想街の答えが返ってきたため、驚くホラット。


「いいか、ゲート・ジャミングは止めてはいけない。絶対に」


 彼女は立ち上がって差し伸べたホラットの右手を左手でつかんだ。彼女の声から相当疲れている事が伝わってくる。だが、そのはくは本物でホラットを説得するのには十分だった。


「分かった。少佐、こちらホラットです。エージェントを発見。彼女はゲート・ジャミングを止めないように言っています。あとラクシアータからすぐに出るようにと」

『分かった。とりあえず引き返す。総員、引き上げた。ホラット、エージェントから情報を聞き出せ』


 ホラット達を差し置いてエージェントは武器を手に通路へと向かっていた。


「エージェント・ヴィダピック、状況を教えてくれ」

「ラクシアータは終わった。やつらの手に落ちた」


 三人ははんそうようリフトに乗り、地上階へと運ばれる。


やつら?」

さいわい、データはここにある」

「何のデータなんだ?」

「ここで起こった事件の原因を突き止めた全データだ」


 リフトのかくへきが上がるとホラットの部下達が彼ら三人の到着を待っていた。


「やはり従業員は一人もいません」

「分かった」


 ラロピズの報告を聞き、ホラットはうなずいた。


「ここは安全な方だ。街の方は手に負えない。回収地点は近いか?」

「ああ。ここを出てすぐだ」


 エージェント・ヴィダピックは足早に歩き出した。


ぜんぼうを説明している時間はない。事態は複雑だが、かんけつに言えばスティグレイの新種だ」

「スティグレイの新種?」

「一般的なスティグレイとは異なる種だ。とにかく部隊を引き上げた方がいい。ラクシアータはもう手遅れなんだ。何せ、自分がここに着いた時にはシタデル・タワーも基地もかんらくしていたんだから」

「三日前からか」

「正確に言えば。それまでずっと応答していたのは連中なんだからな。スティグレイは寄生した相手の知識を吸収する能力がある。何も不思議な事じゃない。連中がゲート・ジャミング・アレイのくわしい知識を得ていなかったのは不幸中のさいわいだ」

「つまり基地のジャミング・アレイ起動はスティグレイにゲートを使わせないために?」

「そういうことだ。だがしょせん、気休めだ」


 目の前には着陸態勢に移行して、地面に降下し始めるむかえのディペロ。そんな中、分かれた別部隊からの通信が入った。


『ガヨート1‐1だ。シタデル・タワーはスティグレイによって汚染されている。隠れて生き延びていた民間人一名を確保。ここから安全に脱出するために航空支援が必要だ』

『ローケス4だ。基地内の兵士はスティグレイに寄生されている。GJAの安全を確保だい、ここから退避する』


 ディペロのタラップが降りてくると、ホラット達はエージェント・ヴィダピックとともにすぐにディペロへと乗り込んだ。


「こちらザウケン3、エージェントと重要情報を確保」

『ザウケン3、こちらガヨート1‐1、そのまま母艦へ帰投しろ。こちらは大丈夫だ』

「了解」

『ガヨート1‐1、こちらランビュラ4。近接航空支援を行う。待機せよ』


 ホラットらがとうじょうしているディペロが軌道上の母艦ラゾーダに着陸する頃、ラクシアータ上空では地上への火力支援を行うため、第一級A8はん惑星強襲輸送艇ブロウナクがせんかいを始めた。

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