第15話「害獣ドドン駆除大作戦」

15.「害獣ドドン駆除大作戦」チェリッサ・ハミルトン


 マチャット(マチャット第2星系)


  属 

  セブルケッツ・スケリュゼAF9997‐893

 (以下、略)星系


  属

  アグルファ・ハーブケートDA7320‐088

 (以下、略)銀河


  属

  ブレゲルシダ・セブルケッツAC7302‐204

 (以下、略)宇宙


  属

  ローケス・ユーヤナKM117‐231

 (以下、略)インペリオーム


 同化政策 フェーズ5E

 文明レベル 第二等級

 治安レベル B1(良好)

 備考 一部企業や個人にゲート・ポータルの所有を許可。


 マチャットは地球と同じ宇宙に属する帝国惑星の一つ。元々、星間航行技術を有していた事と原住種族のカラが帝国による占領を全面的に受け入れたことにより、建築、交通、医療は恐ろしい速さで帝国水準に到達。治安レベルが極めて良好であることから、一般臣民が使える固定ゲートも存在し、帝国の科学の恩恵を強く受けていた。

 主な構成種族は原住種族カラ(レッサーパンダ系ヒューマノイド)が大部分を占め、ウオ(ゴリラ系ヒューマノイド)、レブノ(アメフラシ系エイリアン)、バグバイ(カササギ系エイリアン)といった種族が続く。


 空には反重力車両用、宇宙船用、軍用といった空中航路スカイレーンが複数もうけられ、幹線スカイレーンの両脇には宇宙船発着用プラットフォーム・ビルや商業用超高層ビル、下層行き分岐レーンが並び、空中に多層構造駐車場があるのも当たり前の光景である。建物のほとんどが空間拡張技術によって外観以上の空間を有し、無数の種族が安全に過ごせるよう、各種帝国の法律に基づいた高レベル空調システムが採用され、大気中には常に有害物質不活性化ナノマシン、呼吸調製用複合ガスが散布されている。


『マチャットへようこそ。マチャットは帝国の新参惑星ですが、わずか三年で同化フェーズ5Eへと移行した、非常に住みやすい星です。保安局から治安レベルB1の指定を受けており、ゲート・ポータルも開放されています。なお、反社会的活動やテロ活動を防ぐため、必要に応じて身分証の提示をお願いすることがあります。皆様のご協力をお願い致します』


 スカイレーン用の広告ホログラムには食事処、宿泊施設、商業施設の案内といったものの他にマチャットに本社を置く大企業が自社を宣伝するものもある。これは他の惑星への事業拡大と優秀な人材を集めるためのものだ。特に運輸、航宙、医療、軍事、放送、通信といったものは需要がある。

 マチャットでは新しいものを取り込もうという傾向が極めて強く、その民族性が帝国を受け入れた理由の一つであるのは疑いようがない。マチャット族は他の種族に対しても敬意を払い、移住者を広く受け入れてもいる。帝国内でもこのような種族は少々珍しかった。



〈ボタ(アゲ通り、下層424)〉

 マチャット中心街ボタの下層424。ここには自然光が届かないため、人工照明によって一日中、照度が調節されている。基本的に歩行者専用エリアのため、上層のような交通の騒がしさとは無縁である。ここから超高層ビル群を見上げても頂点が見えず、空を走る車両もカラフルな豆粒のようだ。

 そんなボタ下層424を歩く一人の女性がいた。彼女の名はチェリッサ・ハミルトン、である。帝国臣民データベースによると今現在マチャットにいる地球人はチェリッサ一人だけであった。まだ見ぬ世界に憧れ、この地で仕事を探していた。そして彼女はある店の前で立ち止まった。


 〝便利屋 パンプゥ〟


 帝国都市では珍しいシンプルな木看板がかかげられた店。ほこりとちりで光沢は一切なく、薄汚れていた。あまり手入れがされていないのかもしれない。周りのあでやかなホログラム看板に比べると地味で沈んだ印象を受けた。地球のガラス代わりともいえる透明なデズライト・スクリーンで店内の様子が外に映し出されているが、店内も外観同様そこまで明るくはない。


「思っていたよりも汚い……」


 チェリッサは自動開閉式の正面ドアを通り抜け、薄暗い店内へと足を進める。あちこちに工具や部品が入った棚が見える。


「すいません、ホロネットの求人を見てきたんですけど……」


 帝国標準語であるヴェルシタス語で誰かいないか呼びかけた。


「ちょい待ち、ちょい待ち、おっと、おっとっと、おわっ」


 店の奥から転げて来たのはカラの男性。ただ身長はかなり小柄で130センチほど。


「みっともない姿を見せてしまった。この店のあるじ、パンプゥ・レギガン・ビークだ。求人を見て来たって?」


 彼はカウンターにある椅子へ飛び乗り、チェリッサの方を見た。


「ほうほう、人間族か。個人証を見せてもらえないかな」


 帝国臣民は必ず個人証が発行される。多くはIDカードやIDチップといった形で、これらには個人の出身地情報、種族、学歴、犯罪歴、医療データといったものが登録されている。


「地球、聞いたことないな。へえ最近、帝国領になったのか。それなのにこんな所で仕事を探しているなんて、珍しい」

「外の世界を見てみたいと思いまして」

「なるほど。うちを選んだのは?」


 パンプゥは外科医が身に付けるような拡大鏡をひたいに装着し、IDカードの情報を読んでいた。


「求人には経験、学歴、出身不問とあったので。やる気はあります」


 お世辞にも志望動機としてはインパクトに欠ける理由だ。チェリッサ自身、もう少し話を盛れば良かったとこうかいした。


「よし、採用!」

「え?」

「あれ何か問題ある?」

「いや、こうもあっさりと決まるとは思わなくて」

「うち長い間、人手不足で困ってたんだよ。レブノならちょっと困るけど人間族なら問題はないし。犯罪歴もない。ちょうどこれから仕事に出るから、さっそく現場についてきてもらうよ」


 話がとんとんびょうで進んでいく。帝国に敗北したばかりの新参惑星出身の人間がこんなにあっさりと採用されていいものなのか、これが帝国流人事採用なのか、チェリッサは混乱していた。


「仕事って何をするんですか?」

「何でもするよ。今回の仕事は害獣退治かな。ドドンっていう、こんなやつ」


 パンプゥのひたいに装着されている小型ホログラム投影機により、ドドンの姿がカラーホログラムで映し出された。これはネズミだ。ハツカネズミとうり二つの容姿をしている。みのある姿だ。


「これはネズミ? ですか?」

「ネズミ? 地球にもドドンがいるのか。ならば話が早い」

「地球でも害獣と言えばまあ害獣ですね」

「下層134のベルク・ショッピングセンター地下でドドンが大繁殖しているらしいから、そいつらを徹底的に駆除する」


 パンプゥは何かが詰められたつつや速射型三連式レーザー・ミニバルカン、軍仕様の強化型ショック・グレネード、さらに大きなコンテナを店の奥から運んで来た。


「店の前に車をつけるから一緒に行こう。初日だから気楽に」


 目の前には山のような荷物。ネズミ退治にはあまりにも大げさな持ち物だ。ドドン退治以外の仕事をついでに済ますのかもしれない。


「は、はあ……」


 状況もつかめないままチェリッサは反重力トラックでパンプゥとともに下層134のベルク・ショッピングセンターへ向かった。



〈ベルク・ショッピングセンター地下(第233‐A6通路)〉

 マチャットでは都市区画が最上層、上層、中層、下層、最下層というように下から上への階層式都市群を形成している。ベルク・ショッピングセンターは都市ボタの下層に位置する巨大複合商業施設であり、周辺には放送局、軍の空中警備所が存在する。


「こちらです。我々の手では負えなく、対処に困っています」

「ほう、これはこれは」


 ベルク・ショッピングセンターの警備アンドロイドに案内されて、地下の浄水センターへ着いたパンプゥとチェリッサの二人。

 浄水センターの側壁には二メートルほどの穴が開いていた。チェリッサはこの穴を見て嫌な予感がした。


「水飲み場としてここを使っているようだ。後は我々に任せてくれ」

「お願いいたします」


 なぜかウキウキな様子で反重力リフターに載せていたコンテナを開けだすパンプゥ。


「ささ、チェリッサもこれを着て。人間族なら基本的にサイズは自動調整されるから問題ないはず」

「あの、これ何ですか?」


 ダイバースーツのような服だが着用すると自動で身体にフィットした。要所にアーマーが形成され、両手もすべり止め機能を備えた身体強化グローブに覆われる。


「これは個人用広域多目的戦闘スーツだよ。まあそこら辺のボランティアが使っているようなガラクタじゃないぜ。ヘルメットは自動翻訳機能、自動補足機能、自動へんこう機能といった便利機能が内蔵されている防弾仕様。スーツは真空、水中でも対応していてプラズマ・グレネードやショック・パルス、レーザー・ライフルを受けても正常にどうする防御力。グローブでアンストローナ兵をなぐれば一撃でノックアウトさ。背中には重力制御システムとベクトル・ブースターがあるから低空飛行もできる」


 さらに追加で両肩に装備が装着され、チェリッサはパンプゥから二つの武器を渡された。


「左肩はマイクロ・スピア弾頭を発射するランチャー。右肩は周囲の生体反応をスキャンするレーダーみたいなもんかな。で、武器は高出力スタン・ソード、速射型レーザー・ミニバルカン。使い方はすぐに分かるよ」


 まるで戦場に行くかのような重装備だ。


「これは流石に害獣退治の装備としてオーバーな気がするんですが」

「確かにやり過ぎ感はあるかも。アンストローナ一個中隊はだからねえ。まあ備えあればうれいなしさ。ささ、チェリッサ、いざういじん


 これだけの装備を身に付けていながらも、チェリッサは重さを感じず、むしろ身体は軽い方だった。スーツによる身体能力強化が機能しているのを実感した。


「浮いて飛んでいこう。連中の巣は〝バカ広い〟から」

「飛ぶって、どうすれば」

「思考操作の方が簡単だから頭で思い浮かべて。それでスーツが読み取ってくれるよ」

「お、おおー」


 自分が宙に浮いている姿を頭の中で想像すると、その通りに身体が宙に浮かび上がる。


「すごい」

「ささ、チェリッサ。いざ行かん、ドドンのそうくつへ。ヒャッホーーー」


 テンション上げ上げのパンプゥは加速して側壁の穴へと突入した。その後を追うようにチェリッサも壁の穴へと飛んでいく。



〈ドドンの巣(第235‐B1通路)〉


「あ、あ……」


 チェリッサは採用初日の初仕事で命の危機をいだくことになろうとは夢にも思っていなかった。確かにドドンは地球でいうネズミと姿がほとんど同じだ。問題なのはその大きさだった。目の前に立ち塞がる巨大なドドンを見上げたチェリッサ。目測で体長は二メートルを超えている。

 この個体の後ろにはさらに複数のドドンがうごめいており、突進されれば普通に踏みつぶされることは容易に想像できた。


「いくぞ、チェリッサ。ドドン駆除大作戦の始まりさ!」

「こんなの聞いてないーーーー」


 かくして便利屋としてのチェリッサの長い一日が始まった。

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