竜也編② 追憶の魔宮

 事務所を出て、商店街が並ぶ賑やかな街並みを歩く。


「ええと、ここだったかな。」

 

 冷月はポケットから鍵を取り出し、普通なら街の活気に掻き消されてしまいそうな錆びれた鉄の扉を開けた。光が差し込むとやっと、地下に階段が続いているのがわかった。あまり人が出入りしないのか、カビと埃が混ざった臭いが漂っていた。階段を降りる竜也は、体育館倉庫と同じ臭いに懐かしさを覚えた。

 

「すげー。」

 

 冷月たち一行は、天界のある場所に来た。無数の扉が並ぶその場所は、夜のように暗く、ひんやりと冷たかった。時折吹く風が竜也の頬を撫でた。思わず身震いして二の腕をさすったが、見たことのないアンティークな扉に圧倒され、胸が高鳴っていた。足元にある灯りに照らされ、どの扉も怪しく誘うようにじっと佇んでいる。

 竜也は思わず軌道から外れて、割金でできた薔薇の棘が装飾してある扉に触ろうとすると、


「絶対開けんなよ。他所の地獄に落とされるぞ。」


 冷月に注意され思わず手を引っ込めた。死んでしまいたいけれど、地獄に行きたいわけではない。竜也は、自分自身が身勝手な考えなのは自覚していたが、ここまでだとは思わなかった。


「でもその扉かっこいいよな、わかる。」


 とぼとぼと戻ってきた竜也に、冷月は優しく声をかけた。


「俺もこないだその扉開けて散々な目にあったからな。」


「え、入ったんですか⁉︎」


 自慢のようにニコニコと話す冷月に思わずツッコミを入れるも、内容が気になる竜也は身を乗り出していた。先ほどの事務所での空気が嘘のように二人は打ち解けている。


「男子、よくわからん。」


 一方桃子は、辺りをぐるりと見回しても、竜也が興味を示したり、冷月がかっこいいと唸ったりする意味がわからず、一人話についていけずにいた。


「それにしても、なんか日本らしくないわね。」


 トタン板を不規則に貼り付けた某ハンバーグレストランを彷彿とさせる扉、白い塗装が剥げて本来の色が見えてしまっている年季の入った扉、ガラス張りなのに先が真っ暗で見えない不思議な扉。一つ一つが全く異なる特徴をしている。


「まあ、世界中の地獄や天国と繋がってる場所だからな。日本とも言い切れん。あ、でも襖も躙口にじりぐちもあるぜ。」


「躙口って、それ茶室にしか繋がってないんじゃないの?」


「入ってみるか?」


「嫌よ。行くならあんた一人で行きなさいよ。……ん?」


 桃子が視線を前に戻すと、人形のような小柄な少女が立っていた。

 

「お待ちしておりました、冷月様。」


 おさげに結ばれた薄紫色の髪の毛は、途中から緩い縦巻きロールになっている。本物かと見間違うエメラルドの蝶が、二つに分けられた髪を纏めている。

 その髪飾りと同じ色のリボンが胸元に、赤みがかった紫色のローブは彼女の儚さを引き立てている。幽霊のような色白の手が、臍のあたりに重ねてあった。その立ち姿から上品さがひしひしと伝わる。竜也は思わず息を呑んだ。

 

「よ、アウラ。」


「知り合い?」


「まあな。ここへ繋がる扉の鍵は、俺たち役所の人間でも限られた人にしか渡されないし、用事もないからあんまり会わないけど。」


 竜也がどうも、と頭を下げると人形のような少女は「門番のアウラです。」と名乗った。落ち着きのある声だが、生命力を感じられない冷たい声だった。


「本日は追憶の魔宮のご利用でお間違いございませんね。」


「そう、よろしくな。」


 アウラは無表情のまま、ケープの内側に取り付けてあるポケットから金色の鍵を取り出した。


「冷月様にはお伝えしましたが、追憶の魔宮は一日程度で攻略できる地下迷宮でございます。こちらの魔宮は開けた本人の忘れてしまった記憶を追体験したり、思い出すことができます。自分を見つめ直すのには最適な場所となっております。」


 ゲームやアニメでしか聞かないような単語に竜也の心が踊った。とはいえ、親に禁止されていたため、魔宮が何を指すかを具体的にイメージするのは難しかった。

 なんとなく知っている言葉と、見たことのない世界との出会いに思わず口角が上がった。


「様々な試練をクリアしていただくことで、宝の代わりに忘れた記憶を思い出すことができます。ただし、魂が破壊された場合は、こちらには戻ってこられませんので予めご了承くださ——」


「ちょっと待って、そんな危険な魔宮なの?」


 アウラが言い終わらないうちに桃子が食ってかかった。厚生課存続の危機に怯える冷月が、わざわざ依頼者を危険に晒す意味がわからなかった。


「ええ、中には魔獣もおりますので、そこそこ危険ではありますが、冷月様にはすでに誓約書にはご署名をいただいております。」


 桃子が冷月の方を見やると、いえーいとピースしている。


「俺がいるから平気だって。な、竜也?」


「んえ、うん?」


 そうなんですか、と少し不安そうに言葉を発した竜也だったが、好奇心の方が圧倒的に上回っているため、危険を顧みず魔宮に入りたそうにソワソワしていた。


「はぁ、もう好きにすればいいわよ。」


 別に依頼の成功にも失敗にも執着がない桃子は、諦めたように二人について行くことにした。


 桃子と竜也も誓約書にサインをすると、エーデルワイスの装飾が施された大きな扉の前へ案内された。


「最後に。それぞれのエリアに脱出用の扉を設けてあります。内側から簡単に開けることができますので、お気軽にご利用ください。」


「なんだ、いざとなったら攻略せずとも出てこられるんだ。」


「そうじゃないと更生課無くなっちゃうからな。」


 ——やっぱり心配してた。


 いつも通りの冷月に少し安心した桃子は、胸を撫で下ろした。


 * * *


「それでは、体験されるのはあなたの記憶ですね。こちらの鍵をどうぞ。」

 

 竜也に手渡された鍵は扉と同じ花の装飾が施されている。しっかりと重量のある鍵をドアノブの下についた鍵穴に差し込む。ガチャリ、と、解錠された音が聞こえると、竜也は重い扉を押し開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る