純連編⑨ 悪魔

「なにも叶わない。なにもできない。今までだってそうだったんだろう? 今更自分を変えるなんて無理だ。」


「先生……?」


 先生はニヤリと微笑むと糸がぷつんと切れたように、膝をついて地面に倒れた。先生の体からは、禍々しい煙のような真っ黒のモヤを纏う身体からもう一つ、引き剥がされたように人の形をした影が背中から出現した。


「何……?」


「純蓮、下がってろ。」


 純蓮の問いかけには答えず、冷月は自分の後ろに下がるよう促した。そのまま二人は息を呑んで目の前の光景を見つめる。

 やがて影の姿が露わになった。立ち上がると、影は服のホコリを払うような素振りを見せた。


「はじめまして。僕はヴィセ。悪魔ヴィセだ。西洋の地獄からやってきた、しがない低級悪魔だよ。」


 頭にはフードをから突き出た赤黒いツノが二本生えている。前を開けた黒のロングコートの隙間からは白いワイシャツが覗いた。左目が髪で隠れた色白の顔は、怪しく口に三日月を浮かべている。


「悪魔……?」


 悪魔というには、それらしい特徴がツノや尖った爪くらいしかなかった。それだけだと、鬼との違いもあまりわからなかった。


「ありえない。なんで悪魔がこっちの世界にいるんだよ。」


 焦燥に駆られる冷月の顔を見るのは初めてだった。


「ふふ、数年前、素敵な魂を探していたら偶然、こっちと繋がる扉を見つけてね。君とははじめましてだけど、僕結構こっちに来るんだよ?」


 悪魔は、怪しさを含んだ笑みを崩さなかった。


「扉は門番に管理されているはずだ。そんな簡単にこっちに来られるもんじゃない。それに、わざわざこっちに来なくたって、魂には困らないだろ。」


「そうだね。数で言えば、僕らの住む世界の方が圧倒的に多いだろうね。でも、質でいえば、君たちの世界の魂の方が美しいし、単純に全てのものに魂が宿る考え方が好きなんだ。」


 悪魔はそう言うと、冷月が妖異と戦った際に見せた様に、影から二メートルほどの大鎌を取り出した。服の色とは正反対の真っ白に輝く鎌には、星のような金色の装飾がいくつもなされていた。

 それを見た冷月も「月華!」と叫んで、地面を強く踏むと、真っ白な刀が現れた。それをすかさず右手で掴むと、コートの悪魔に向かって振り下ろす。

 

「へぇ、いい武器を持っているね。」

 

「わかる俺も好き。じゃなくて、悪魔がなんでこんなとこにいるんだよ、管轄外だろ。帰れよ。」

 

 ——悪魔。人の魂を刈り取る存在。その魂は肉体が生きていても死んでいても関係ない。ただ己の欲望のために、肉体が消失したあとも残り続ける人間の魂を求める。

 

「はぁ、悪魔だなんて。僕にはヴィセって名前がついてるのに。そりゃあ活きのいい魂がいると感じたら、地獄からでも駆けつけるさ。」

 

 悪魔の振り下ろす鎌は冷月の刀とぶつかる。金属が衝突する鈍い音とともに、火花が散る。押し負けたのは冷月の方だった。

 

「ぐっ。」

 

 冷月が後方に飛んでいくのを確認すると、悪魔は純蓮に近づいた。

 

「君の友達は、君のことを友達なんて思っていないよ。邪魔だったんじゃないかな。他の子と話す時間も、嫌われ者の君に取られちゃってさ。」


「う……。」


 嫌味を含んだ悪魔の言葉は、やけに耳に残った。純蓮は咄嗟に耳に手を覆い被せた。

 

「君が友達を殺したんだよ。仲良くならなければ、その子は今でも生きていただろうに。」

 

 一つ、また一つと純蓮の心に黒いシミができる。

 なんで変われると思ったんだろう。自分に期待したんだろう。そんなことできないなんて、私が一番わかっていたのに。考えれば考えるほど、純蓮は自分が嫌いになる。

 

「死んじゃえば? 僕と一緒に堕ちてしまおうよ。」

 

 冷たい手が右肩に置かれる。手を通して相手にも鼓動が強くなるのが響いている気がした。純蓮は悪魔の手を振り払おうと、右手の甲を相手の手首に当てたが微動だにしなかった。

 思いの外力の強い悪魔に戸惑っていると、


「させねえよ!」

 

 擦り傷の増えた冷月がもう一度刀身を振り下ろした。

 

「危ないなぁ。この子に当たったらどうするの?」


 そこでようやく純蓮から離れた悪魔は、大鎌を構えて戦闘体制を取った。呼吸と共にわずかに鎌が動くと、それに合わせてキラキラと光を反射させた。全身真っ黒の悪魔が持つには些か不釣り合いだった。

 

「そんなヘマしねぇよ。純蓮、そいつの言葉に耳を傾けるな。」

 

「……。」

 

 純蓮が冷月に従うことはなかった。茫然自失のまま、冷月の声が届いていないようだった。


 * * *

 

「君役人? 人を救うとか、たいそうなこと言ってるけど、全然ダメじゃないか。」

 

 不敵な笑みを浮かべる悪魔は大鎌を勢いよく振り上げた。その細い身体からは想像もできないくらい力強い斬撃が冷月を襲う。

 

「クソッ。」


 鎌の先が横腹を掠める。じわじわと広がる痛みに冷月の動きが鈍くなる。


「……気持ちで負けてんな。」


 額にかいた汗を拭うと、もう一度刀を構え直す。冷月は悪魔を睨みつけると、深呼吸をして力を込めた。そうでもしないと、血が滲む横腹に意識が持っていかれてしまいそうだった。


「希望が絶望に変わる瞬間ほど美しいものはないよ。」


 ゆっくりとした口調で、目の前にいる悪魔は話しかけた。手に持っている大鎌の刃先には、先ほど冷月にダメージを与えた際の血がべったりと付いている。


「あームカつく。無駄に武器かっこいいし。なんか悔しいわ。」


 その姿はアニメやゲームの悪役を彷彿とさせる佇まいで、冷月は感心せざるを得なかった。敵でなかったら、もっと踏み入った話をしてみたいと思った。


「この鎌は人が眠りにつくように魂を刈り取る。僕はクレイドルって呼んでる。」


 褒められた悪魔もまんざらではないのか、口角を上げて大鎌を撫でた。なぞる手に合わせ、柄の部分に施された装飾がキラリと輝く。


「は⁇ どこまでもカッコよくてムカつくわ。なんだよそれ。」


「フフッ、なんなら君が堕ちるかい?」


 鎌から冷月に焦点を当てる悪魔の目は、獲物を狙う蛇のようだった。


「勘違いすんなよ。俺は人を更生させるための案内人コンダクターだぞ? 武器は更生を邪魔するやつに使うんだよ!」


 刀を振り上げるも、大鎌を持っていながら軽快な身のこなしの悪魔に攻撃が当たらない。鎌には当たっても、切れない岩を切るような感覚に顔をしかめた。

 刀から直接振動が伝わり、ビリビリと痺れる手に不快感を覚えながらも、冷月の視線が悪魔から外れることはなかった。


「はぁ、つまらないね。威勢がいいだけでちっとも面白くない。きっと君の魂の色も、同じようにつまらないんだろう。見てあげるよ。」


 そう言うと、悪魔は前髪で隠れた左目をさらに手で覆った。赤眼がわずかに光っている。


「ち、何する気だよ。」


 舌打ちをすると、冷月は刀を構えた。悪魔の動向を伺うように、じっと見つめている。


「は……なんで。」


 悪魔の動きが止まったと思うと、鎌の先を地面につけて、驚いたように目を見開いている。

 しばらく見つめていた悪魔は、ふとまた先ほどの怪しい笑みを浮かべると、


「……君の魂はあとでゆっくり刈り取ってあげる。」


 一人満足するように冷月に言い残すと、今度は純蓮の方へ体を向けた。


「くっそ、なんなんだよ。」


 冷月は、悪魔と純蓮の間に入るが、放心状態の純蓮を背にして戦うにはあまりにも危険すぎた。庇えば庇うほど、悪魔は冷月の隙を突くように鎌を振り下ろした。

 攻撃を躱すのがやっとの冷月は、ジリジリと後ずさった。

 怪我を承知で刀を一振り、二振りするが、悪魔は全ての動きを見透かすように、軽々と攻撃を躱す。

 

「さっきから動きが単調だね。そんな武器一つじゃ、擦り傷もつけられないよ。」


「が、はっ……。」


 悪魔の振り下ろした鎌の先が、冷月の腹部に突き刺さった。体温が二度ほど下がった気がした。背中にじわじわと嫌な汗をかく。もう既に死んでいるのに、本能的に死を感じて、ほんの少しの恐怖が冷月を襲った。

 悪魔が鎌を引き抜くと、力が抜けたように冷月は膝をついて倒れた。


 * * *

 

「——あ、冷月さ……。」


 ようやく顔を上げた純蓮の目に映ったのは、正義が悪に負ける瞬間だった。

 

「どうしよう、私のせい? また、私が、人を、ころ……。」


 その先は言葉にならなかった。

 目を見開いたまま視線を上に移すと、悪魔と目が合った。ひっと短い悲鳴が溢れるが、腰が抜けて立ち上がることはできなかった。


「これで十分分かっただろう? 君は生きてるだけで迷惑なんだ。僕に魂を渡せば、そんなこともなくなる。君の望みを叶えてあげられるよ。」


 それが正しいのかもしれない。純蓮は目の前に差し伸べられた手を掴もうと——。

 掴めなかった。

 純蓮の耳に響いたのはパンっと何かが爆ぜるような音だった。

 手を掴み損ねた悪魔は、その手で右肩を押さえ、片膝をついたまま庇うように横に倒れた。

 うずくまる悪魔の背後には、白と金の装飾が施された拳銃を構える冷月が、傷口を手で押さえながら立っていた。

 冷月は、ゆっくりと銃口を下に向けると、荒い呼吸と共に悪魔を睨みつけた。そして、迷うことなく、左手で正確に悪魔の右肩を撃ち抜いた。

 

「は。」

 

 驚いた悪魔はうつ伏せに倒れたまま、冷月を睨みつけている。

 純蓮は、肩で息をする冷月をじっと見つめていると、やがて目が合った。

 

「純蓮、最終的に決めるのは自分の意思だが、お前を本気で救いたくて戦ってるやつもいること忘れんなよ。」

 

「変わらなく、たって、誰も困りはしない! むしろ、無駄な努力で苦しむのは君だけだ。」

 

「私は……。」

 

 何が正解かわからなくなった純蓮は、ただ涙を流すことしかできなかった。自分のためにボロボロになっても戦う冷月を救うには、純蓮自身が変わるしかない。ただ悪魔の言う通り、無力で何もできないことを痛いほど自覚している。いつもなら、このまま黙って教室を抜け出すように、逃げていただろう。しかし、

 

「もしまだ変わりたいと思うなら、扉を開けろ! そこに待ってる人がいる! 悪魔は扉の向こうには干渉できない!」

 

 神様がチャンスを与える、それは純蓮にとっては重く辛い試練かもしれない。しかし同時に、これが最後の機会だと感じた。これを逃せば、きっと一生変われない。

 

「こんな私が、希望を持ってもいいの? 変わっていいの? 生きていいの?」

 

 独り言のように呟く純蓮に、

 

「いいんだよ。」

 

 その一言は純蓮の背中を押すのに十分だった。衝動のままに純蓮は走った。百メートルほど先に冷月が言った通りもう一つ、入ってきたのとは別の扉が見えた。遠くからだと、空と同化して分かりにくいが、一度認識すると確かな違和感がある。純蓮はその扉を目指してただひたすらに駆けた。

 

「あの扉を開ければ。」


 ゴールが明確になったところでギアを入れ直すが、もともとインドアな純蓮は、百メートル先でも遠く感じた。はあはあと息が上がりだんだんスピードが落ちる。

 

「行かせないよ。」

 

 悪魔は痛む右肩に構わず大きく振りかぶるが、

 

「お前もな!」

 

 冷月は悪魔の右の太ももにもう一発弾丸を打ち込む。

 

「ぐっ、何か、弾丸に仕掛けてあるのか……。」

 

「正解。妖異を逃がさないために、清めた鉛の弾丸を使ってる。まさか、悪魔にも効果抜群とはな。」

 

 冷月は立てなくなった悪魔の腰をガッチリと掴む。

 

「そんな細工を仕掛けたところで、君より僕の方が治りが早い。あと数秒もすれば完治する。君の負けだ。」


 悪魔は啖呵を切るように声を荒げるが、冷月は確信したようにニヤリと笑った。

 

「それは、どうかな。」

 

 「なに。」と前を見る悪魔が目にしたのはドアノブに手をかける純蓮だった。


 * * *


「こっちに来ちゃったの?」

 扉の向こうにいたあやめは中学の頃の制服のままだった。当時は大きく感じた身長も、今では同じか、それより小さく感じた。

 

「ごめんね、私が死んじゃったから、あのあと色々言われたんだよね。苦しかったよね。全部見てたよ。」

 

 全力疾走で息が上がっているのと、目の前にあやめがいる事実に純蓮は心が落ち着かず、軽い吐き気を覚えた。

 

「なんで、謝るの。私が、私が悪いのに。私が、友達になんてなったから。いや、そもそもしてもらうばっかりで友達と思ってたのなんて、私だけ。あのとき、私が死ねば——」

 

 パチンっ。思い切り左の頬に衝撃を感じるとハッとした。目の前にいるあやめは溢れそうな涙を堪えて純蓮を見つめる。

 

「どうしてそんなこと言うの⁉︎ 私は楽しかったよ! 他の子と遊ぶより、純蓮はいちいち反応が可愛くて、楽しくて、私、友達になれてすっごく嬉しかったのに!」


 初めて怒られた。どんなときも笑顔を絶やさないあやめが怒ったことなんて、今まで一度もなかった。

 

「ねぇ、純蓮は楽しくなかったの?」

 

 堪えきれない涙が一筋頬に道を作る。その姿を見て思わず、純蓮も涙をこぼした。

 

「楽しかったよ! 知らないことたくさん教えてくれて、またねってバイバイしてくれたのも、手を引いて色々連れて行ってくれたのも、全部全部楽しかった。誰かに物をもらうのだって初めてで、あやめからもらったヘアピン、嬉しかった。でも、私は、自分から行動を起こすのが下手だから、全部受け身で、LINEだって遊びに誘うのだって、あいさつすらずっと待ってるだけで、私、あやめのこと、大事にできてたかわからなくて。だから。」

 

「そんなこと言ったら、私だって色々純蓮を振り回したよ。純蓮の嫌なこととか、考えなかった。多分、私のいないところで何か言われてたりしたんだよね。だから余計に私が死んで、大変だったんだよね。」

 

 「ごめんね。」と謝るあやめは純蓮の手を優しく包んだ。久しぶりに握る手は当時より小さく感じた。

 

「でも、私と友達にならなかったら、あそこの道を通ることもなかったのかなって思うと。」

 

「あれは信号無視したおじさんが悪いよ! あのあと知ったんだけど、飲酒運転だったみたいだよ⁉︎ ほんっとうにひどいよね。……それに、あの道を通って帰るって決めたのは私の意思だよ。純蓮が気にすることじゃないよ。」

 

「でも、」

 

「それに、私あのとき手を繋いでなくてよかったって思った。純蓮が巻き込まれてたかもしれないからね。」

 

 純蓮の言葉を遮って優しく否定する。死んでなお、純蓮の心配をするあやめは健気だった。

 

「私はね、純蓮に生きててほしいよ。」

 

 生きてて欲しい。純蓮の頭に響くその言葉は、温かく感じた。凍りついて閉ざした純蓮の心をゆっくりと溶かしていく。眩しい笑顔は、あの頃と何も変わっていない。それどころか、記憶の中にいるあやめよりも輝かしく感じた。

 

「無責任だし、エゴだと思うんだけど、私の分まで生きてほしいと思う。重くてごめん、でも、これが私の本心だよ。」

 

「……生きてて、いいの?」

 

 いきなり背中に手を回されて驚いたが抵抗することもなかった。純蓮の胸に顔を埋める親友が、制服を濡らすことも気に留めなかった。

 

「いいに決まってる! それから絶対に幸せになってほしい!」

 

 小さな手が純蓮の身体を、心を包み込む。その言葉を聞いて無意識に背中を包み返した。力強く、けれども潰れないように。本当は加減をする余裕なんてないくらいにボロボロに目を腫らし、頭がぼうっと熱くなっていたが、それでもあやめを思いやる心が、昂る気持ちを落ち着かせた。

 

「わかった、約束する。」


 ——絶対に幸せになる。自分を変えてみせる。もう二度と、あやめに悲しい顔させないために。


 そう心に決めると、あやめがポンポンと、背中を優しく二回叩いた。


「絶対だからね。」


 顔を上げるあやめの瞳は水分を含んでいて、よりキラキラしていた。瞬きをして、力の抜けたように微笑むと、目の端から雫が溢れた。


「ひどいこと言ってごめんね、あやめ。友達でいてくれてありがとう、私、頑張ってみる。」

 

 抱き合ったまま、お互いの温もりを感じたまま二人は頬を濡らした。


 * * *

 

「いやあ、やっぱり友情っていいね。」


 純蓮が扉を開けると、悪魔は諦めたように大鎌の重たい方を地面につけ白旗を振った。それ以降、悪魔から殺気を感じなくなった冷月も刀を仕舞い込んだ。

 

「なーって、お前なんでまだいんだよ。もう用済んだろ。俺にも負けたんだし地獄に帰れよ。」

 

 扉の外。ボロボロになった二人は純蓮とあやめの邂逅を浄玻璃の手鏡越しに見ていた。

 地面に座りながら小さな鏡を覗く様子は、先ほどまで交戦していたとは思えない距離感だった。

 

「いや、彼女の魂も欲しかったけど。」


 視線を感じて冷月は隣に座る悪魔を横目に見た。案の定、自分に向けられている笑顔に寒気がした。


「なんだよ、散々俺の魂はつまらないだのなんだの言ってたくせに。」


「そうだね。どうせ正義の塊みたいな真っ白の魂だと踏んでいたけど、どうやら早計だったらしい。」


「で、何色だったんだよ。」


「え、気になるの?」


「いやそこまで言うなら教えろよ。自分で自分の魂の色とかわかんねぇし。」


 悪魔は少し考える素振りを見せると、悪戯っぽく笑った。


「それはまた今度ね。大丈夫、すぐ会いに来てあげるよ。」

 

「なんだそれ、きも。男に言われても嬉しくないわ。」

 

 対して冷月は、嫌悪感を示すように顔を逸らした。鳥肌が立った二の腕をさすりながら眉間に皺を寄せた。その様子を揶揄からかうように微笑むと、悪魔はゆっくり立ち上がった。そして、

 

「君は本当にいい色の魂をしているんだよ。いつか必ず刈り取りに来るからね。」

 

 真面目な顔でそう言い残すと、影の中に消えていった。


「あっ、おい待てよ!」


 冷月は戦闘中、悪魔に傷つけられた痛みに邪魔をされ、黒いコートの裾を掴み損ねた。その手を、そのまま地面に叩きつけて悔しがった。

 しばらくして、静けさが戻った天界で冷月は、

 

「二度とくんなバーカ。」

 

 悪魔はもういないのに、悪態をつくように口を尖らせた。悪魔が消えていった影もすっかり消え去っているのに、じっと睨んで舌打ちをした。そうこうしていると、冷月の耳に透き通るような声が届いた。

 

「ただいま。」

 

 扉の前には、悩みが軽くなったように穏やかな表情の純蓮が立っていた。

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