純蓮編⑥ 寡黙な少年
「……よかったのか、あんなふうに言って。」
冷月たちと別れた数分後、鎖で罪人を連行したまま
「平気だ。あのくらい言ってやらんと、彼奴は危機感を持たんからな。」
戌亥は手をひらひらさせながら答えた。先ほど冷月たちと会った際の威圧感は全くなかった。
「詳しいんだな。」
「そりゃ、私の元に十五年もいればな。」
「そうか。」
それ以降、三人のまばらな足音が聞こえるだけだった。
しばらくして、
「無くすつもりなんかないさ。」
「ん?」
「厚生課。せっかくできた組織だ。総務の重労働を少しでも軽減させる意味でも、無くすなんて勿体無い。……というより、猫の手も借りたいこの状況で職員を二人失うのはなかなかに痛手だ。」
言い終わって、戌亥は日々の激務を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔をした。
後半部分はほぼ独り言のように声が小さくなっていったが、巽にも不満は十分に伝わった。
「そんなに大事なんだ。」
話の発端は巽の問いかけであったにもかかわらず、当の本人は冷めた声で言った。
「ああそうだな。何より、巣立った雛が先陣切って精力を尽くしているんだ。多少なりとも気には掛けている。」
「ふーん。」
「……なんか巽、いつにも増して口数が少ないがどうした? 腹でも痛いのか?」
「別に。」
「じゃあなんだ?」
足を止めて戌亥は巽の前に回り込んだ。緋色の瞳に魅入られて、思わず巽は目を逸らした。
「何も……ない。」
「その間なんだ?」
巽は自分でもよくわからなかった。先ほどから心の底でふつふつと燻るような感情が、自身の機嫌を損ねていることだけは理解していても、それが具体的にどこから来る感情なのか、原因は何なのか。「なんだろうな。」なんて、他人事のように返すことしかできなかった。
「……いいなお前ら。俺なんか、生きてたって彼女の一人すらできなかったのに。」
今までのやり取りを黙って聞いていた罪人が、ぽつりとこぼした。顔は地面に向けたまま、目だけが巽と戌亥を捉えていた。
「俺はにいちゃんが羨ましいよ。」
罪人は瞳から戌亥を外して、巽をじっと見つめた。
「俺は——」
「勘違いしていたら申し訳ないが、私らはそういう関係じゃないからな。上司と部下だ。それ以上でも以下でもない。」
巽より先に戌亥がきっぱりと言い放った。「行くぞ。」戌亥は表情ひとつ変えなかった。
「ああ。」と返事をしたのを皮切りに、巽はゆっくりと歩き出した。罪人も黙ってついてきた。
「羨ましい、か……。」
このざわつきの正体に迫った気がして、巽は胸が苦しくなった。
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