純蓮編⑥

半襦袢はんじゅばんのような赤いインナーの上に白いプルオーバー、赤いミニスカートを身につけた少女が歩いてくる。巫女服のようなカラーリングからは気品が感じられた。

 艶やかな黒髪のショートボブは、外側に跳ねていて、幼さを強調させる。左耳の上には、白いリボンがおみくじのように結ばれていた。

 燃えるような緋色の瞳は、気怠げに冷月たちを見つめる。

 

「『魔』が出た気配がしたから駆けつけてみれば、遅かったか。」


 体に見合わない威厳を持った声で、ゆっくりと話す。目つきが悪いせいもあって、怒っていなくても不機嫌に見えた。


「……。」

 

 後ろから連れ立って歩いてきた背の高い少年は、青のシャツに黒のスーツをまとっている。癖のない黒髪の隙間から、白銀のピアスが覗いた。少年は、朧げな顔をしてただ立っているだけだった。死んだ魚のような目は、どこに焦点があっているのかわからない。二人が横に並ぶと、親子のような身長差だった。


「げ。」


 冷月はあからさまに嫌な反応を示した。その顔を見るに、会いたくない人間だったのだろう。純蓮は二人と冷月の顔を交互に見て、様子を伺った。


「で、『魔』を生んだ張本人はどこだ?」


「あそこに拘束してある。」


 冷月が指を差した方向には、ロープで縛られた男性がうつろな眼をして座っていた。ちょうど、純蓮がボソボソと呟く人影を見た位置だった。


「そうか、ご苦労。厚生課の仕事も順調なんだろうな?」


「ああ、そりゃもちろん。」


「ならいい。『魔』を祓うだけなら厚生課である必要はないからな。」


 純蓮は、先ほどから桃子も口にしている「魔」がどういうものかは、ぼんやりとしか理解していなかった。

 ただあの時、獣の爪を見て感じた悪寒だけは、どうもまだ背中に残っている。


「はたやその子が『魔』を生み出すやも知れぬ。」


「え。」


 掠れた声で反応することしかできなかった。こうやって急に話題に出されるのがずっと苦手だった。話を聞いていないわけではないが、同じテンションで返せるほどのコミュニケーション能力はない。

 しかし純蓮は、急に話題に上ったことよりも、


 ——私が、あれを、生む……?


 たくさんの人間を傷つけようとし、賑やかな商店街を恐怖に染めた、あの獣を自分が生み出してしまう可能性が脳裏をよぎった。

 それが自分の身にも起こりうることだとは、全く考えていなかった。純蓮は、ただ誰に迷惑をかけるでもなく、存在感を消してひっそりと生きていけたら、なんならこのまま死んでしまえたらと考えていた。

 そんな自分が、あんな『魔』を生み出してしまったなら、いよいよ死後の世界にも自分の居場所がなくなってしまう。純蓮の視界がぐにゃりと歪んだ。瞬きをすると両目から温かい雫がこぼれた。そこでやっと自分が泣いていることを自覚した。


「泣く要素あった?」


 桃子が呆れたように純蓮に声をかけた。純蓮だって、泣けばなんでも解決するとは考えていない。ただ、考えすぎるとすぐ心がいっぱいになって、溢れた感情が涙になってしまう。桃子にはそれ以上自分の醜い顔を見せたくなくて、そっぽを向いた。


「その様子だと、貴様、その子に『魔』の説明をしなかったのか?」


 下半月の眼が冷月を捉える。その瞬間、周囲に緊張感が走った。提出する宿題を持ってこなかった生徒を冷たい目で見る先生と重なって、純蓮の胃がキリキリと痛んだ。

 

「不安や悩みを抱えた人間の魂は『魔』を生みやすい。その『魔』が悪行を働けば、その後は地獄行きだぞ。そこんとこ、ちゃんと伝えたのか?」


 少女は語気を強めて冷月に詰め寄った。ここにいる誰よりも背が低いのに、それを感じさせない態度が、彼女を大きく見せる。


「俺たちは更生課だ、魔を生ませるようなことはしない。」


 確信を持って話す冷月の眼は青く澄んでいた。その頼もしさに、純蓮は思わずときめいた。自分の身の丈には到底合わないのに、ああなりたいと願ってしまった。

 

「それは貴様の願望に過ぎん。自分のやるべきことを考えて行動しろ。失敗すれば、次はないからな。」


 そう吐き捨てると、二人は冷月たちに背を向け、魔を生んだ男性の前で立ち止まった。

 寡黙な少年が地面を強く踏むと、青みがかった銀色の鎖が伸びてきた。その鎖で男を縛り直すと、ゆっくりと歩き出し、やがて見えなくなった。


「次も何も、最初からミスなんて許されないんだろうが。」


 冷月の瞳が、初めてくすんで見えた。

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アンビバレント・ヘブン 落水 彩 @matsuyoi14

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