純蓮編⑤
「お待たせ。」
その言葉を皮切りに、「魔」はボロボロと崩れていった。眉間に刺さった刀身だけが、最後まで残る。
黒い霧の向こうには、白い人影が立っていた。得意そうに笑う顔には、澄んだ青の瞳が輝いていた。
「何してたのよ。」
桃子は、いつまでもカッコつけて立っている冷月を睨んだ。
「店長の救出。」
よく見ると、冷月の左脇には白い調理服や調理帽が黒く汚れ、ボロボロになった年配の男性が抱えられていた。
「この人が元凶?」
「違う違う、この人はただのコロッケ屋さん。崩れた店の隙間から、手が見えたから。」
傍に抱えられた初老の男性は、どうも、と照れくさそうに頬を掻いた。冷月に「立てるか?」と声をかけられてゆっくり地面に降ろされた。
「ふぅー、重かったー。」
冷月はグイッと伸びをして、刀をしまった。しまった、というのは、特別収める鞘もなく、落ちた影に刀が吸い込まれるように消えたからだ。
また、冷月の一言を聞いた店主はバツの悪そうな顔をし、自分の肉付きの良い腹を撫でた。
「大丈夫、ですか……?」
一部始終を見ていた野次馬たちと共に、純蓮が冷月たちに駆け寄る。
「おん、へーきへーき。びっくりさせてごめん。」
冷月は申し訳なさそうに眉尻を下げると、手を合わせて純蓮に謝った。
「すごいぞ!」
「ねぇちゃんもカッコよかったぞ!」
「ヒーローだ!」
純蓮の後ろにいた野次馬から、たくさんの賛辞を浴びて冷月は誇らしげな顔をした。口では「それほどでもー。」と言っているが、隠しきれない自尊心の高さから口角は上がりっぱなしだ。
対して桃子は冷めた目をしている。それが当たり前だと言わんばかりに、どうも、と短く礼を返すだけだった。
——いいな、こういう人たちはみんなに求められて、みんなに必要とされるんだ。
歓声が響く中、純蓮は改めて自分の存在のちっぽけさに胸を締め付けられた。
生きている世界が違う、観ている景色が違う。本来自分と関わることなんてなかったはずの人物たちの勇姿を見て、純蓮の心は離れていくばかりだった。
「羨ましい。」
そう呟いた言葉は、喧騒にかき消され、誰に届くこともなかった。
—————————
純蓮はしばらく項垂れて、冷月たちを見ることができないでいると、遠くの方から低い女性の声がした。
「はいはい、散った散った。業務を妨害するならみんな漏れなく地獄行きだからな。」
その声を聞いて人だかりがだんだん小さくなっていく。野次馬たちをかき分けて、だるそうに通りを歩いてくるシルエットが二つ、冷月たちに近づいた。
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