間 章『ある怪物の独白』

ある怪物の独白



「なら、食べちゃえばいいのよ」――そう少女が誘惑してきた人間は、数知れず。

 その人間が怪物と化して、食らった人間も数知れなかった。


 ここ最近は、疲れたサラリーマンに囁いた。

 老いて呆けた母の介護が限界に達していたその男は、長年求めてやまなかった安寧の眠りを遂に手に入れた。ついでに周囲を永劫の眠りへといざなった末に討ち取られたが、本筋には関係のない話だろう。可憐な彼女は、可憐ではないものに意識を留めておかないことにしている。


 ……可憐ではないといえば、少し前に暴行され、凌辱りょうじょくの限りを尽くされていた女もそのたぐいのものだった。思い返すのも美しくなかったが、つられて浮かび上がった記憶を追うほどには、すっかり暇を持て余してしまっていた。直近で遊べると思った駒が、のようにポッキリと折れてしまったことにも起因している。

 その女は、傍目から見ても、ハッキリと肥え太っていた。肉のついた二の腕、ぽってりとした腹回り、柱と見まごう脚……やわらかい体というのは、発情した男垂涎すいぜんの品なのだろうが、彼女にとっては眉をひそめるほどみにくい代物だった。


 言うなれば、死肉に音を立てて群がるハエのような光景――その時は、「少しでも面白くなればいい」と、破壊衝動に任せて血を分け与えたが。


 面白くなればいいと思って分け与えたのは、他にもいた。働き者と頑張り屋の夫妻もそうだった。

 あの頃の【ギロチン】は、まだ首を刎ねるという手法が確立されていなかったのもあって、グチャグチャのミンチにするのが定番だったと記憶している。首を刎ねるのもスマートだが、派手にミンチにする方が彼女好みだった。なにせ、花火アートに似ている。美しいものは好きだ。


 そうして彼女は、自分の好ましい方へ、好ましい方へと進んできた――より美しく、より可憐で、より面白い方へと。


 なので、ここ最近は心が高ぶっている。

 鬼頭きとう咲弥さくや……あの少女を見つけたからだ。


「ふふ……ふふふふ……!」


 思わず、堪えきれなかった笑みがこぼれる。

 一目見た時から、恋に落ちたように胸が高鳴ってうるさかった。


 黒くてつややかなロングヘア。髪を飾る、あかいリボン。気高い内面を表したような、黄金に輝く琥珀の瞳。白銀のツインテールに碧眼をした自分とは対照的な、だからこそ引き立て合える相手。

 黒と白、金と銀、あかあお……美しいマリアージュ。

 シスターになったあかつきには、きっとこの世界で一番美しくて可憐な存在になれるだろう。


 あれがみにくく老いさらばえるなど、許しがたいことだ。世界の損失だ。失楽園と呼び変えても過言ではないだろう。


「サクヤちゃん……待っててね……!」


 誰に告げるでもなく――しいて言えば『運命』にだろうか――語りかける彼女は、この世のハルを謳歌するように。

 『しろいかみのおんなのこ』――ハルは、今か今かとその時を待っていた。


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