俺達の明日①



 三条の手の者によって確保された後、当然だが俺は【エス】に感染していないかを、隅々まで検査されることになった。


 怪我もろくにしていない、五体満足の体なのだ。感染していないことが分かれば、つぶさに解放される……かと思いきや、次は事情聴取。言うまでもなく、内容は俺ではなく、咲弥に関してだ。咲弥をどうやって隠し通していたのか、咲弥の状態などを、これまた隅々まで根掘り葉掘り問いただされた。


「あの……」

「はい、なんでしょうか?」

「あいつは……鬼頭咲弥は、無事なんですか?」

「……申し訳ありませんが、その問いにお答えすることはできません」

「アハハハハ……」


 「ですよねー」――にべもなく袖にされたが、回答は分かりきっていた。


 三条の家の者ならばいざ知らず、俺は【ギロチン】というだけの、まったくの部外者だ。相棒バディとして組まされてはいたが、それも形式上のもの。咲弥の処遇に関して門外漢にされるのは目に見えていた。


 覚悟はしていたが、草薙さんにすら会わせてもらえないのは、流石に堪えた。加えてスマホも取り上げられている、事実上の軟禁生活。咲弥の処遇が決するまで、保護という名の捕獲だろう。それだけ俺に対する目が厳しいことの証左でもあった。


「はぁ……」


 溜息を聞く者は、誰もいない。


 今すぐにでもここを飛び出したい気持ちは山々だったが、なにより後が怖い。政財界に名を連ねる三条家を敵に回して、一介の成人男性が太刀打ちできるはずがなかった。


「…………」


 ――たとえ、これで咲弥が死んだとしても、あいつは後悔しないだろう。

 【エス】に感染させられた時には、既に運命は決していたと言っても過言ではない。社会という魔手から逃れられない以上、あいつは後悔なきよう、最大の仇敵の喉笛目がけて牙を突き立てた。


 だが……俺はどうだろうか?

 恋人だった美月の仇を討ち果たしたものの、感慨はあまりに薄い。実感に足るだけの相手がいないからだろう。


 誰なのかは言うまでもない――咲弥だ。鬼頭咲弥。


 余裕ぶってるくせに負けず嫌いで、精神年齢が幼いくせに根がひねくれていて、チョコレートが好きでイチゴが嫌いで、死者を笑って舌を出しながら、本当の悪【エス】は許さない正義の味方。

 あかいスカーフがたっぷりと優雅にリボン結びされている、気品溢れる黒のセーラー服。標準的なプリーツスカートに合わせるならばローファーだろうに、足元を彩っているのはワークブーツの濃い飴色。傷みのない黒くつややかなロングヘアには、現代的なあかい髪飾りのリボンが揺れていた。

 白皙はくせきの美貌、凛としたまなじりに縁取られた琥珀色の瞳……それがやけに今は遠い。


 ――そんな時、

 久しぶりに美月の夢を見た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る