向こう側より愛をこめて③



 最悪な知らせが届いたのは、あれから半月ほど経った頃のことだった。


「聖辺安慈……じゃなくて、御園幹也さんが行方不明……!?」


 寝耳に水、と呼ぶべき事件が風雲急を告げる。


 先日の岩倉女学院での一件も十分衝撃的だったが、あちらは既に悲劇が起ったうえでの出来事だった。毛色が異なる。

 今回は、直接関わった相手が記憶が古くないうちに失踪したとあっては、驚きを禁じ得ないのは当然だった。


 うなずいた草薙さんは、沈痛な面持ちで頭を抱えた。


bl∞m*ブルームも『私的な理由による無期限休止』と発表してたけど、まさかこんな理由とはね……。経緯も動機も不明。所属事務所ですら首をひねる珍事――否、惨事だよ」

「なにが……あったんでしょうね……」

「なにかがあった、それは間違いない。けれど、それ以外が分かってないんだ」

「――殺されたんじゃない?」


 あっけらかんと不吉なことを言ってのけるのは、けだるげにソファに体を預けている咲弥だ。


「誘拐なら脅迫文の一つや二つあっていいはずなのに、まるでない。身代金の要求もない。自殺なら遺書もなく、遺体も上がらないのは不自然だわ。なら、殺されて埋められたか、沈められたかが相場だと決まってると思うんだけど」

「おい、咲弥。言っていいことと悪いことがあんだろ」


 縁起でもない。だが的を射た発言だったため、釘を刺すだけに留められる。


「死んでないとしたら、今頃そのミソノ・ミキヤって人は、なにをやってどう過ごしてるのかしら?」


 俺が吹かれた臆病風を見抜いてか、咲弥は余裕よゆう綽々しゃくしゃくに舌を出した。


「友人の家? ビジネスホテル? それとも、ファンのところに転がり込んでる? 流石に警察の調査の手が及んでいないとは、考えづらいんじゃない?」

「……そうだね。それは否定できない、と認めるよ」

「草薙さん……!」

「私は大丈夫だよ、大和くん」


 苦々しく答える姿に、咲弥は挑発的に微笑む。


「咲弥ちゃんの言うとおり、既に殺人の線で警察が捜査していないわけがない。Vtuberの本質は動画配信者・投稿者だけど、人気商売インフルエンサーでもある。相応に好かれもすれば、その分だけ憎まれもする。殺されるに足る恨みなんて、日常茶飯事さ」


 それは草薙さんさんも同じだろうに、言い切って見せる様は、気高さをまとっていた。


「ともかく、今回は【エス】絡みの事件とは言い難い。今後どうなるかまでは分からないけれどね。直接言葉を交わした大和くんは寝覚めが悪いだろうけど、犬にでも噛まれたと思って――」


 ぴんぽぉーん。


「――っと、誰か来た」


 草薙さんの言葉をさえぎるように、チャイムの音が無機質に鳴り響く。

 嫌な横槍だ……と思いながら玄関カメラを覗き込むと、見慣れない二人組が立っているのが見えた。


 一人は、ビジネスカジュアル……というより、服装が簡素な若い男性だった。

 ファストファッションをコーディネートに頓着せず、適当に着たような印象。歳の頃は、草薙さんよりも少し上、俺よりは下のように見受けられた。いわゆる青年と呼ばれる歳の頃だ。


 そしてもう一人は、洒落たスーツに身を包んだ妙齢の女性だった。

 やり手のキャリアウーマンといったイメージを抱くが、化粧のせいか、実際の年齢がいかほどなのか分からない。年齢不詳だが、凛とした揺るがない佇まいに、俺より年下には見えなかった。


 最新の防犯カメラは鮮明に、招かれざる客の異様さを詳しく映し出していた。


「なんだ……?」


 マイクには通らない程度の小声で呟く。


 正直に言って、なにかの勧誘や売り込みのようには思えない。かといって、二人組の取り合わせは、服装も年齢もちぐはぐだ。だからこそ、不審な印象を抱かざるを得ない。

 俺は静かに身構え、従って立ち位置は咲弥と草薙さんを庇うような形になった。


 意を決して、声を発する。


「はい、なんでしょうか」

『あの、えっと……』


 若い青年が応答する。その時、得も言われぬ既視感に襲われた。違和感と言ってもいい。

 その感覚の答えは、すぐさま音声に乗る。


『私は……御園と言います』

「!」


 御園――御園幹也と同じ苗字。

 奇妙な違和感は、声の響きが似ていたからかと思い至る。


 ということは、今オートロックの前に立っているのは、行方不明だという、御園幹也本人……?


 疑わしさに眉をひそめる俺に対して、妙齢の女性が『ちょっと、御園君』と声をかける。


『言葉が全然足りてないわよ。それじゃあ、あらぬ疑いを持たれてしまうわ』

『え?』

『名前、ちゃんと言わないと、誤解を招きかけないということよ』

『ああ……すみません……』


 促されて、青年は億劫おっくうそうに再度口を開く。


『私は御園みその枝郎しろう――御園幹也の、双子の弟です』


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